第13話 青霧島の三崎隼人

 シオンは青霧島の、小さな教団で目を覚ます。

 壁際のデジタル時計は、【紀元歴1779年16ノ月1日】を指している。祝日で、もう昼だ。

 すでに部屋にヒナがいる。今起きてくるとどうしてわかったのだろうか。


 シオンは、いつもとは違う空気をかぎ取った。きっと、何かがあったのだろう。今まで飼いならしてきたはずの獣が、突如己に牙を剥き、そうかこいつはそもそも同類ではなかったのだと悟る数秒前の調教師のような心持ちであった。


「……三崎隼人のことかな?」

 シオンが『隼人のここ数日のことを知りたい』と念じるとすぐにその情報が頭の中に入ってきた。前に会った時、あの夜、

「ヒナの願いを潰すつもりか」

 と彼が言った夜から、10日経っている。その間に、何があったのかはすぐに理解できた。


「私は、ただのキュレーター。シオンの下で働くものとして、線引きはしてる。だから、シオンには、現実を受け入れてほしい。これはあなたが招いた結末だよ」

 ヒナの声まで、どこか暗い。


 シオンには、解っていた。予測しえたことだった。

 三崎隼人に箱庭を任せるべきではなかったことを。

 彼を狂わせたのは、自分自身だということを。



 三崎隼人は、箱庭を使って、下位世界の人間たちを操り、依存性も副作用もない麻薬を開発していた。

 住人数約13万人のほぼすべてが自由意志を持たず、ただひたすらに薬剤の開発をしていた。被検体として、人体実験の素材に使われているものもいた。



 急ぐ必要もないのに階段を駆け下りた。途中、滑って階段から落ちた。受け身さえ取れず、流血し骨に響く痛みを無視して隼人のいる応接間に飛び込む。


「隼人くん!」

 あの日の応接間には、ソファに座り箱庭の画面を睨みつけている隼人と、意志の強そうな目でこちらを見つめる、キュレーターの男がいた。


「自分が何をしたかわかってるのか! そこにいるのは『人間』だ! そんな風に、好きなようにしていいはずがないだろ!」


 隼人は、ここでようやく、ゆらりと顔を上げた。

 額から血を流すシオンと、目が合った。


「いいんだよ。俺は神なんだから。シオンも同類だ。いや、むしろ俺よりも質が悪い神なんじゃないか。お前に助けられたはずの人間を、どれだけ見殺しにした? 『対等』を謳ってるらしいが、本当は人間を生かすも殺すも造作もないんだろ。ただ、自分が正しいと信じたいから、そんなことを言ってるんだ。もし本当に俺たちの幸福を考えてるんだったら、どうしてヒナからすべてを奪うことなど出来よう?」


 シオンはしばらく言いよどんだ。実際、彼女のやっていることは隼人がやっていることと大差ない。それは以前から受け入れてきたことだった。しかし、『対等』でないということを突かれたのは痛かった。


 対等であれ。命や意志を奪うな。

 この誓いは、数年前に一つの過ちを起こしてから、ずっと彼女の中で響いている。


 だから、そこを指摘されると弱いのだ。

 何も言えなくなったシオンに対して、隼人は続ける。


「お前も、きっと何かをするために『神』になったんだろう。お前の仲間のためか? 家族のためか? 俺も、同じことをしているだけだ」


 遅れてやってきたヒナを、隼人の長い指が真っ直ぐに指差す。


「シオン。俺がこの薬を作ったのは、お前に幸せを奪われたヒナを、救いたかったからなんだ」


 知っていた。という直前で言葉を抑えるヒナ。

 その視線の先には、隼人の箱庭があった。

 画面の奥では数千人の被験者が薬物の禁断症状で倒れていた。











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