第12話 安地

 墨天坑のシオンは、地の底で目を覚ました。

 所長に起こされずに目覚めるのは何日ぶりか。久しぶりの、自分での目覚めだった。シオンは、一人で使うには大きすぎるベッドから体を起こす。ここはかつて、戦争の時の非常用シェルターとして作られた場所。その最奥、一番安全であろうこの階層は、要人を収容するために設計されていた。(もっとも、その時は来なかったが)


 墨天坑は、人間の、『生き残りたい』欲求の現れだとシオンは考えている。

 戦争が起こっても、国民を守れる場所がほしい。

 自分たちが引き起こした災禍終末から、立ち直りたい。

 世界が生まれ変わっても、生きるための拠点が必要だ。


 そんな願いを、ずっと昔から叶えてきたのが墨天坑だ。

 もう老朽化が進んでいて、ここに暮らすことはできなくなるかもしれない、と『上』の技術者やそこに移転された電子頭脳は口をそろえて言っている。

 そうなったら、愚神派研究所も移転しなければならない。

 墨天坑のシオンは、いつか墨天坑のシオンではなくなるのだ。


 移転した研究所でまた『神』になるのか、それとも、ほかの道を探すのか。何でもできる『神』の立場を降りるのか。いつか、決めなければならないのだ。

 蒼電塔そうでんとうで宇宙に救難信号を送り続けているサンには、「いつでもおいで」と言われ続けている。


 しかし、おそらく彼女はまた研究員であり続けるのだろう。

 この道が、一番正しいと信じているのだから。


 シオンは身支度を済ませ、愚神派研究所に顔を出す。すでに数人の研究員がそこにいる。

 アル所長が、シオンの『箱庭』のデータを調べていた。

「箱庭を下界の民に渡したのか。確かに「合理的」だなぁ。こうすれば、もっと効率的に情報を集められるってわけね」


 俺もそうしようかな、と呟く所長。いっそのこと『箱庭』の管理だけする人間だけの世界を作って、そいつらに全部の仕事をやらせれば採れる情報の量は何倍にも膨れ上がるってことか。なら自我も全部喪失させて……と計画を語る所長に、シオンは反論する。


「いや、そうじゃないよ。ただ私は、これがヒナたちのためになるって思うからこうしたんだ。私は、ヒナから夢を奪ってしまったからね。それにあの箱庭は隼人が好きに使っていいんだ。だから対等なんだ。箱庭の中の人も人間なんだ。だから、そういうことはしちゃいけないんだ! 絶対に!」

 シオンは、これを一息で言い切った。自分に言い聞かせるようでもあった。

「へー。ま、精々頑張りな。お前さんは優秀なんだからな」


 所長の胸で、エレベーター装置の鍵が揺れる。錆びかけていてはっきりとは読めないが、『アル』と書いてあることは辛うじてわかる。


「俺には、お前さんがどうしてそこまで対等でいようとするのか理解できないが…… ただ、一つだけよーく覚えときな。

 お前は、こっちの世界の人間だってことをな」

「……わかってるよ」


 アル所長は仕事で地上に向かう。技術者たちとの会合があるのだ。

 一方、愚かな神シオンは、今日も下位世界に潜ってゆく。












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