第7話 焦熱

 シオンが消えてから、一週間たった。

 三崎隼人は、まだ家に帰れない。

 隼人は、拾ってきた新聞紙に火をつけた。シオンから手渡された箱庭の機械を、火の粉から守るように遠ざける。

 

 ここは、東と西の大陸の中間くらいにある小さな観光島である。隼人は、宿が取れる都市部を離れた桟橋付近で野営をしている。漁師の小屋の壁のそばなので、風を防ぐことができる。陸地を警邏している自警団からも目が届かない。

 

 東の首都からこの島に来るまで、隼人は漁船や貨物船で下働きをする代わりに乗船させてもらっていた。

 この島からさらに進む船は、すぐに出るものは少し高級なクルージング船のみだ。ヒッチハイクはできそうもない。チケットを買うだけのお金はない。

 チケット代を出すには、箱庭の機械を分解し、ジャンク品として売却するしかない。

 無賃乗船という発想を、隼人は持っていない。


 隼人が野営している場所からは、豪華に装飾されたクルージング船が見える。この船に乗れさえすれば、そのまま青霧島にある彼の家に帰ることができる。出発は明日の夜。その時までに、チケットを購入しなければならない。

 箱庭に使われている部品や素材は珍しいらしく、商店街にいた金物工房の主人が、高額での買い取りを約束してくれた。徹底的に分解して、構造を確認したいそうだ。身分証明書もない隼人には、そこを頼るほかない。


 自宅への国際電話をかけるだけの資金も、ない。ポケットに入っていた小銭しかない。


 新聞に着けた火が大きくなる。夕方のうちに集めておいた木の枝をくべた。

「……」


 隼人が拾ったそれは、『原器檜げんきひのき』という木の枝だ。世界各地の各バイオームに生息し、一定間隔で節が付いたような枝を持つ。そこに力を掛けると簡単に折れる。同じ長さに折れるので、長さの単位に使われている。


「貨幣や言語が統一されていると、こっちとしても便利なんだよね」

 シオンの言葉が、隼人の頭の中をよぎる。度量衡についても、同じなのだろうか?考えれば考えるほど、シオンは本当に神なのだという確証がつく。

 はたして、この箱庭を売ってもいいのだろうか?


 隼人は、思考から逃げるように木を燃やした。焚き付けに使わなかった分の新聞紙を広げる。ただ、活字に縋りたかった。


 しかし情報というものは、特に隼人にとっては、余計に目を覚まさせてしまうものであった。


 【結核の治療法が見つかる】【山間部で横転事故】【西国、月面基地計画を破棄】【コメ豊作】【サバ不漁、原因は天候不順か】

 これらのことは、すべてシオンの意によるものなのだろうか?


 隼人は、もっとシオンについて知るべきだと思った。

 彼女が本当に神様だとして、どうしてすべての人間に幸福を与えないのか問い詰めたかったのだ。


 隼人は箱庭の機械を売らないことにした。これだけが、彼とシオンのつながりを示す唯一の手がかりだからだ。これをなくしてしまえば、シオンはまたほかの人間に同じものを手渡すだろう。会う理由のない隼人のもとには、二度と現れないだろう。少なくとも、隼人にはそう思えた。


 となると、家に帰るほかの手段を探さなければならない。遊覧船はあきらめて、ほかの船を待つ。その間に屋根のある所に眠るため、働く場所も必要だ。早起きが苦手な隼人には酷なことだが、今は漁業が忙しい時期だ。漁師の家に住み込みで手伝うのが一番確実な方法だ。対価としてお金をもらえたら、自宅に電話もできるかもしれない。


 そう結論付けた隼人は、新聞紙にくるまって眠ることにした。炎が不規則にはぜる音が遠く感じられるようになったとき、いつの間にか近くによって来ていた漁船が警笛を三回、鳴らした。


「隼人くーーーん!」


 漁船の上で、米崇よねだかヒナが、隼人の幼馴染が、手を振っていた。

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