第6話 愚かな神
この星には人間がいた。
何度も戦争を繰り返した。過ちを繰り返した。取り返しのつかないような自然破壊もしたし、枯渇させた資源もあった。
それでも、人間は生きていた。平和を望み、永遠を望み、誰かの幸福を祈った。そうせずにはいられないような生き物なのだ。
その生き物は文明を作った。国を作った。生き物を作り、星の外へと飛び立った。
やがて、ある人間が一夜にして『箱庭』を発明した。
人間は、『箱庭』さえあれば下位世界を作り、そこの神になることができたのだ。異世界といえども、人間は人間。対等の関係を結び、むしろ助けの手を何度でも差し伸べた。住む世界の違いはあれども、両者は、幸せだった。
やがて、ある青年が『門』と呼ばれるものを設計した。それは下位世界との行き来を可能にするものだった。青年は、隔てられた世界の人間に、恋をしてしまったのだ。直接、会いに行きたいと願ったのだ。その執念が、青年を動かした。
実験は成功だった。しかし、結果は無惨だった。
風邪で滅びた、ある島の民族のことをご存じだろうか。彼らは、外界と隔絶された環境にいすぎたせいで、島の外ではありふれた風邪の菌だったものに対して免疫を持っていなかったのだ。
これと同じことが、惑星レベルで起こった。二つの世界は、交わってはいけなかったのだ。
青年を最初の感染者として、その病気は瞬く間に世界中に広まった。質の悪いことに、この病気は多くの種の動物に感染し、すぐに増える。致死性も高く、地球は死の星になる寸前だった。この混乱の渦中で、『門』についての詳細な情報は失われてしまった。
戦争の被害など、比較対象にもならなかった。
最後に、人間にできる手段がたった一つだけあった。
戦争があった時代に作られた、地表を何十回も焼き尽くせるほどの爆弾があった。
戦争を恐れていた時代に建てられた、地下深くまで伸びる防空壕があった。
防空壕には、すべての動植物の遺伝情報が保存されていた。コールドスリープ装置も、大量の朽ちないエネルギーバーもあった。
健康な成人が800人選ばれて、世界各地にあるシェルターの地下深くで眠った。人類の記録や、目覚めた後必要になりそうなあらゆるものを運び込んだ。防空壕の蓋を固く閉ざした後、地上に残っていた軍人たちは、一斉に、地上を焼き払った。
細菌を含め、あらゆる生命が息絶えたのだ。
生きるために兵器を使ったのは、おそらく、人類史上初だ。
ここからは、墨天坑以外のデータが残っていない。よって、墨天坑に何が起こったかを記す。
人工冬眠といえど、永遠に眠っていることはできない。いつか肉体が劣化してしまう。千年ののち、管理の人工頭脳は住民をグループに分け、時間差をつけて起こし、食料を与え、番わせた。
生まれた子供が大人になったら、子世代を眠らせる。親世代はシェルターの最奥に連れていかれて、帰ってこなかった。
数世代後、地上に残った爆弾の毒が薄くなった時、人工頭脳は地上に小さなロケットを打ち上げた。ロケットの中には植物の種が入っていて、それは空高くで破裂して散らばった。荒廃した地上で、根を張って命をつないだ。少しずつ、地上に酸素が戻っていった。
数世代後、人工頭脳は小さな動物をエアロックから放った。次に、魚の卵を載せたロボットを海に向かわせた。次に大きな動物を、人工子宮で群れを作って放った。
人間の地上への復帰は、毒が完全に浄化されてからにしよう。そう判断した電子頭脳は、さらに何十世代も待った。待っている間に、電子頭脳も少し眠ってしまった。
数万年ぶりに人類が地上に顔を出した時、地上の生物は変わり果てた姿に進化してしまっていた。人間は、眠りすぎていたのだ。
この世界は、新世界と名付けられた。
新世界の動植物は、旧世界の動物には消化できない。残っているのは朽ちないエナジーバーだけだ。このストックが無くなれば、滅びる。
途方に暮れていた人類は、さらに驚くべき発見をする。
新世界にも、人間に似た生き物がいたのだ。細かい部分は違っていたが、風貌はほとんど人間のそれと変わらない。知能も高く、言葉による意思疎通も可能だった。平和を愛し、争いと飢えを知らない生き物だった。
旧人類の陥っている状況を伝えると、できる限りで助けたいとの返答だった。また、旧人類が滅びるのならば、そのすべての歴史と技術を伝えていこうとのことだった。
旧人類は、生きたいと願った。
ある人は新人類と手を組み、自分たちにも食べられる動植物を探した。ある人は、燃え尽きた古の建造物から手がかりを得ようとした。
またある人はシェルター跡地に残り、再び下位世界の創造、管理を始めた。下位世界から、何らかのヒントを得ようとしたのだ。
例えば、太陽の光をそのまま養分にする技術が別の世界で発明されれば、こちらで再現すればよい。そうすれば食糧がなくなっても生き延びていける。
すべての元凶である『箱庭』を操り、下位世界の住人を操り、最後まで希望を捨てない愚かな神。彼らのことを人は『愚神派』と呼ぶ。
墨天坑のシオンも、愚かな神の後継者だ。
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