第4話 邂逅
三崎隼人は人間だった。通っている高等学校の学年代表だった。
とはいえ、選挙で選ばれてなったわけではない。彼が立候補するといううわさが流れた時点で、結果は決まっていた。立候補しようとひそかに考えていた生徒は数名いたが、噂を聞いてあきらめてしまったのだ。
彼よりもふさわしい人間が、この学校にいるだろうか? そう考えたのだ。実際、三崎は聡明で育ちが良い。しかし、それ以上に優しい青年だった。
強く、而して驕らず。常に他人のためになることをやろうとしている(……)青年だった。
彼が家に、帰ってきた。『金持ちの家』の二階にある、板張りの大き目の部屋が、彼の寝床である。今日は帰りに剣術道場に寄ってきた。
階段を上がった隼人は、ドアの向こうに誰かがいるのを感じていた。じっと、ドアに耳を押し当てた。部屋の隅にある熱帯魚の水槽の、モーター音だけが聞こえる。しかし、確かに中で何かが動いている感触がする。ネズミだろうか?
背負っている模造刀のベルトを、すぐ手に取れる位置に回した。
「そこにいるんでしょ。出てきなよ」
隼人は、驚いた。自分がまさに言いたかったことを言われたからだ。向こうの声はふしぎなくらいに落ち着いていて、まるで自分のほうが不届き物であるかのように感じた。年齢は彼と同じくらいだろうか?
「入りますよ……」
隼人は、自然と敬語で返してそっとドアを開けた。
部屋の中で、一人の少女が水槽を眺めていた。髪の色は灰色で、作業服のようなものを着ている。性別がわかりづらい整った容貌をしているがおそらく女。
まるで漫画の登場人物だ。隼人はとっさにそんな印象を持った。姉がよく、キャラクターのまねごとをして仮装しているのに似ていると思った。要するに、作り物のような格好なのだ。
侵入者。空き巣。不審人物。排除しなければ。
しかし、見たところ強そうな様子もなく、敵意も抱いていなさそうな彼女に暴力は振るえない。そう判断した隼人は、彼女の隙をついて背負い投げをした。
侵入者は容易にカーペットへと投げ出された。怪我はないはずだ。
受け身すら取れず仰向けに倒れる彼女の喉元に、隼人は模造刀を突き付けた。
「おまえは、誰なんだ?」
「私の名はシオン。この世界……W3000のカミサマだよ。これから君に教えなきゃならないことがある」
シオンは、いつの間にか隼人の背後にいた。
「俺の部屋だ! 出ていけ!」
また切っ先を向けられ、少女は少し困ったように笑った。
「出ていくこともできるよ…… でも、まずはお祝いさせてくれないかな。キミが選ばれたってことをさ。隼人くん」
隼人は、少女が妙に浮世離れした様子で話しているのを見て少し不信感が収まった。木刀を床に置き、もう敵意はないと見せた。そうだ、この子はなにか特別なのだと自分に言い聞かせる。
「お前が……シオン……さんが神だと、どうして言えるんだ?」
「シオンでいい」
シオンは、指を鳴らした。
部屋の隅にいた熱帯魚が、次の瞬間、泳ぐカナリアに変わった。
「これでわかったでしょ?」
「手品かもしれない」
「懐疑主義者め! これでどうだ!」
次の瞬間、二人は東大陸の首都にいた。ちょうど地球の裏側の、下町の屋台が並んでいる場所に移動したのだ。時差の影響でこちらは朝だ。仕事に向かう前の人々が、屋台で朝食を買っている。
「隼人く~ん! 牛串買ってきたよ~!」
シオンは、こちらの国の服装をしていた。気がつけば隼人もこの国の、垢抜けた衣装を着ている。
隼人はあきれ顔で、ポケットの小銭(これはそのまま残っていた)を使って近くの屋台のお茶を買った。
「これで分かっただろ? 私はなんでもできるんだ」
2人は買ったものを近くの広場で広げた。隼人は、この世界にはまだ自分の想像を超えた存在がいることを受け入れつつあった。彼の頭は固くないのだ。
「それは分かった。それで、俺に教えたいものってなんだ?」
「これだよ」
シオンは、何の脈絡もなく箱型の機械を取り出した。隼人はもう驚くことをやめた。
機械はちょうど机の上にのせて操作するのにちょうどいいような大きさで、画面は青に染まっている。側面には、箱庭と書いてあった。この機械の名前である。
それからシオンは、これと同じものを使って自分が隼人たちのいる世界を創造したということ、ここでは自分が無敵だということ、そして、この世界の科学力が発達してきたので、自分の持っている技術を教えていいころだということを説明した。
「つまり、この世界……この惑星? はシオンが作ったものだったんだな」
「んー、説明すると難しいんだけどな、まあだいたいそういう認識でいいよ」
「証明してみてくれ」
「えー面倒だなあもう」
広場の上を、数匹のハトが飛んで行った。
「今ここで君が屋台で買い食いをした。これが答えだ。どうして、遠く離れた西と東の大陸で、古来から言語や貨幣が統一されているんだろうかと疑問に思ったことはないかな? なんでかというと、便宜上そういったものが統一されているほうが私として便利だから、そんな風に作ったんだよ。よってここは人為的に操作されているということ。QED」
辺りが静かになった。
「で! 隼人くん。きみにこの箱庭をあげよう。好きに使ってくれて構わないから」
そう言うと、シオンは姿を消してしまった。
隼人の前には依然として箱庭は置いてあったが、家に帰る手段は残っていなかった。
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