第3話 天啓
シオンは、束ねられた資料に目を通す。まずは商業についての白書を取り出し、世界地図を広げてああでもない、こうでもない、と熟考する。
東と西に大きな大陸があり、それ以外はすべて小さな島だ。二大陸の関係は平和そのものだが、小さな島が邪魔で船の往来に時間がかかる。航空機は存在するが、大量にモノを運ぶことはできない。
今いる教団は、やや西寄りの大きめの島にある。名を青霧島という。
「こっちの大陸は平野があるけどバイオ技術と工業機械持ってるのは土地がカッスカスの東の方だろ……となると、交易が便利になった方が合理的……いや敢えて分断したままの方が東の大陸がさらに頑張って技術が……いやそれだと西の成長が悪いかな……」
ヒナは、
「西大陸で東の技術使って農業すれば全世界の食糧生産まかなえそうだよ、そうすれば必要な農業従事者が減って工業の人口が増えるんじゃないかな」
と提案する。
「そうなんだけど……そうすると西側が搾取される社会構造にならないか心配でさ」
「もう少し人類を信じてくれてもいいんじゃないかなぁ? 『カミサマ』」
「その言い方やめてよね」
結局、西と東の航路を開くことに決まった。
ヒナは、東西の首都を曲線で結んだ。線上にある島は、寄港地になりそうなもの以外はすべて×印をつけていく。なぜ曲線で結ぶのかというと、三次元物体である地球を地図に示す際、どうしてもゆがみが生じているからだ。この線が、最短航路なのだ。
×印を付けた島々は、これから地殻変動によって無くなるだろう。
「恐ろしいよね。私たちは、大勢の人の住んでいる場所を壊しているんだ」
ヒナは、並んだ×印を見ないようにするためか、地図を丁寧に丸めると部屋の隅にしまった。
それから、シオンは技術書を開いた。そして、先週東の国が発明した、大気から肥料を生成する方法などを読んだ。これをもとの世界に持って帰ろうと決めた。
「すごく面白い小説が東の島で発売されたけど持って帰る?」
「うーん、興味はあるけど、持って帰るものではないかな」
談笑しながらも、シオンは、西の国が月面探査機を打ち上げたという情報を見逃さなかった。
*
今日の仕事は終わった。ヒナは、シオンと一緒に流星群を見に行った。
ヒナがこぐ自転車の後ろに、シオンが乗る。自転車は異様に軽く、急な坂道も難なく上っていく。
「物好きだよね。シオンなら瞬間移動くらいできるだろうに」
「いいでしょ、これくらいは」
ほどなくして、二人は高台の公園にたどり着く。
まだ夕方の光が残っていて、辺りのものは濃紺の空気を纏っていた
周りには誰もいない。
「見てみて、金持ちの家! 金持ちの家!」
シオンは、眼下にある街を指さした。広い庭がある、二階建てのコンクリート造りの家があった。二階の部屋にだけ明かりがついている。
「あー、地主さんとこの家だね」
ヒナは、流星群がみえる方角を調べた。いや、調べるまでもない。どちらを見ればいいのかはわかるのだ。グランドシートを敷き、赤いセロハンを貼った明かりをつける。
二人は、地面に横たわり、しばらく空を眺めていた。流れ星はまだ来ない。
「綺麗だね」
「天体観測なんて、久しぶりにした」
「私ね、成人したら、キュレーターからは身を引いて宇宙飛行士になりたいな!」
「それは素敵な夢だね。どうして?」
「だってさ、私も、シオンにも、宇宙までは見通せないからさ! 今見えるモノの向こう側に、行ってみたい!」
シオンは、その夢が叶わないことを知っている。いや、叶わないのではない。叶えさせるわけにはいかないのだ。
自分の支配が及ぶ、地上から人間が離れていくことは防がなければならないのだ。だから、
「叶うといいね」
と紋切り型の答えをした。
「あ、流れ星!」
二人の頭上に、いくつもの流星が通り過ぎてゆく。数日前に雨が降ったおかげで空気がきれいだ。
「空に手が届きそうだ」
ヒナは、手を伸ばした。そのとき、ひときわ大きな流星がこちらに向かって飛んできた。
「わー! 大きい!」
「落ちてくる!」
流星……いや、隕石は眼下に見える地主の家に向かっていた。
「金持ちの家!!!!!」
パチン。シオンが指を鳴らした。同時に、隕石は空中ではじけた。粉砕された隕石は地面に落ちていったが、小さくなった分落下による被害は少ないはずだ。
隕石のかけらは、二人のもとへも降ってきた。
それを拾ったのは、ヒナだった。
「熱っ」
「素手で拾ったら危ないじゃないか」
シオンがそれを覗き込む。
ただの石よりも少し重い。ただそれだけの石だった。
「すごいよね、この小さな石は、きっと、気の遠くなるほど長い時間を旅してきたんだ。私の理解を、超えたところにあるんだ」
ヒナはそれを大事そうに布に包むと、ポケットに入れた。
今日の観測はこれまでだ。ヒナは、明日学校に行かなければならない。
「ねえヒナ、いい神様って、どんな人なんだろうね」
帰り道に、ふとシオンが口を開いた。
「そりゃあ、シオンみたいな人だよ」
いい神様は、顔を伏せた。
「もっと具体的に、理想像のことだよ」
「うーん、そうだな……」
二人が乗る自転車から見える町明かりは、流星よりずっと明るかった。シオンには、こちらの方が好ましく見えた。
「困った人を助けてくれる人! さっき、とっさに地主さんの家助けたみたいに」
「なるほどね」
自転車が教団に着くころには、流星群は終わっていた。
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