第1話 墨天坑のシオン

 深く、深く、地下シェルター跡地にある研究所に、手紙が届く。墨天坑ぼくてんこうのシオンに、手紙が届く。

 シオンは、つまらなさそうに封を切った。封筒は捨てない。今時、紙も貴重な資源なのだ。


 手紙は地上、蒼電塔そうでんとうに暮らす友人、サンからだった。どんな顔をしていたのか、もう覚えてはいない。ただ、同じ時期に生まれてきてしばらく共に育った。それだけである。彼女にとって唯一、友といえる人間だった。


 研究は頑張っているか、若手のホープとして活躍しているらしいな。友として、誇りに思っている。

 もし仕事に疑問を持ったら、俺と一緒に地上で生きよう。最近、スペースシャトルの残骸を発掘したんだ。うまく直せたら飛ぶ。そうしたら……

 俺にも、人類を救えるかな。


 そんなことが書かれていた。

 シオンは、手紙を数回読み返して内容を頭に焼き付けると、封筒と一緒に有機物分解曹に放り込んだ。

「救えるわけないだろ。どこにも行けやしないよ、私たちは」

 誰も聞いていない返事を呟く。


 彼はこの手紙を週に一回送ってくる。返事をしたことはない。宇宙に向けて電波を送り続けていることや、UFOを観測した、宇宙人が助けに来てくれたのかもしれないだとかいう内容で、最後には必ず『一緒に空を見よう』という一文が添えられている。

 サンドは、宇宙を夢見る人だった。どの世界にも、どんな時代にも、空に夢を見る人間は必ず現れる。これが人間の性なのだろうか。


 シオンには分からない。そもそも、愚神ぐしん派研究所に配属されてからシェルターを出ていない。空の色さえ忘れてしまった。

 地上は、はるか昔にあった文明を覆いつくすように緑が生い茂っているそうだ。そこでは新人類が平和に暮らし、シオンたち旧人類を歓迎しているらしい。

 シオンは、研究所から出ない。人類の未来のために生きるという誇りを持っている。

 新人類と融和しながらゆっくりと滅びていく探索派や、サンたちのような望天派の人間を、シオンは内心小ばかにしていた。

 とくに、宇宙人に助けを求めようなどという人々のことが、シオンは大嫌いだったのだ。サンはまだ真面目に研究しているから好きだ。しかし、それ以外の連中はただ妄信的に空を拝む。いつか救いが現れやしないかと待っている。ただ、信仰によって心が救われるのを望んでいるのだ。具体的方策なんて考えていない。

 この世界に神はいない。

 神がいるのなら、自分たちはなぜ救われない?

 どうして、あと500年で絶滅するなどという運命なんだ?

 考えても仕方がないことだ。存在しない神に祈ろうとも、終焉までのカウントダウンは止まらない。

 シオンは、【箱庭】を起動した。画面の奥には平和に暮らす人間たちが見える。高層ビルがあって、病院がある。都会には人があふれている。

 シオンの祖先も、かつてはこういった生活をしていたのだろう。

 この異世界だけが、この世界を救う唯一の道しるべなのだ。

 そう、信じている。

 自分も、ひょっとするとサンと同じなのかもしれない。どこかに希望があると信じている。あり得ないかもしれないものに、縋りたくなる。救いになろうとしている。


「さて、行こうかな。神がいる世界に」

 シオンはヘッドセットを装着した。

 異世界______w3000へとトリップする。自らが作り出し支配している世界に向かう。

 シオンは、広義での神である。w3000の神である。

 ここを発展させ、生み出された発明や技術を調査して【上】に報告するのがシオンの仕事だ。

 これこそが、シオンの選んだ使命だ。500年後に滅びる旧人類を、救う手立てを探している。

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