第3話 正史『日本書紀』の内幕

 天武天皇(第40代)が編纂を命じた正史『日本書紀』は、神代の時世から始まって 人皇第一代の神武天皇に至り 第41代 持統女帝が孫に皇位を譲り渡すところで終わる。

 編纂を総裁したのは、天武の皇子である舎人とねり親王。漢文体で記述され、起こった出来事を年代順に全30巻にわたって記している(編年体)。

 『日本書紀』は 編纂開始(681年)から約40年後、天武の孫にあたる元正女帝(第44代)の御代に撰上されるが、その関係性から この史書は一般に天武帝にとって都合の良いものだったのではないかと考えられている。実際、天武天皇の記録は 全30巻のうちの2巻を占め、天武は正史『日本書紀』のいわば主役とも言うべき特別な扱いがなされていた。

 初代天皇の征服譚に天武天皇の実績が投影されているのではないかと一部で唱えられているが、編纂者の心情を鑑みると、それは如何にもありそうな話だった。


 "初代"神武天皇と並ぶ象徴的な存在として、"最高神"にして"皇祖神"天照大神の御名が思い浮かぶが、この女神にも似たような話が持ち上がっている。

 皇祖神 天照大神は にあたるニニギノミコトを豊葦原中国地上の支配者として 高天原天界から降下させているが(「天孫降臨」)、この神話が 第41代 持統女帝が に譲位したことを神格化したものなのではないかと一説には考察されていた。祖母から孫への皇位継承は 長い天皇家の歴史でも一例のみ。ここに、時の権力者の意向が反映されたであろうことが揣摩臆測された。

 この持統女帝は 天武の皇后であり 正史『日本書紀』の最後を飾る天皇であるが、歴史書の最後を飾るのは特別な存在。一般に 持統は 皇配おっとである天武天皇の路線を引き継いだものとされているが、本来 天武天皇が収まるべき位置に 彼女が収まっていることに、私は 少なからぬ違和感を覚えた。もしかすると、持統は 天武に対し 何らかの含むところがあったのかもしれない。

 血統的な話をすれば、持統女帝は 第38代 天智天皇の娘であり、壬申の乱の敗者 大友皇子の姉。おまけに、一部では 天武天皇はその素姓が怪しまれていた。


 天武天皇が亡くなってから 正史が完成するまで30年余りの時間が経過しており、その間の権力者の意向も正史に反映されていることが推量されるが、果たして、その意向と天武のそれは どちらが優先されたのか? 私は、前者の意向が優先されたのではないかと胸算している。

 というのは、恐らくは 天武は最高神として自分と同じ性別の神を掲げていたことが想定されるが、それが終局,完成された正史においては 女神となっているからだ。天武が構想した最高神が、次代 持統によって差し替え,もしくは塗り替えられたことが勘案された。

 まぁ、持統女帝が即位した後から神話が創り始められたとすれば 話は別だが、私は 天武の時代から神話の記述はあったのではないかと愚考している。その点は 後述する。

 正史『日本書紀』は 権力者の変遷に伴い、最高神という特別な存在の内実が改変されたことが窺えるが、ひょっとすると、その手は初代天皇にも及んだのかもしれない。

 この時期は 一般に天武ファミリーの時代だと捉えられているが、私は その中で 2つの勢力が内訌していたものと心当てをしている。

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