第93話-妄想-

 カナには、所謂妄想癖があった。

 何か嫌なことがあった時でも、妄想の世界に逃げれば、一時でもそのつらさを忘れられる。


 妄想の中では、カナは外国のお姫様にも学校一の秀才にもなることが出来た。

 頭の中のカナは、現実とは違ってどこに行っても人気者であり、それがカナにはとても心地よい。


 生きづらい現実よりもこちらの世界の方がカナにとっては大切で、本物だ。


 しかし最近、その妄想に邪魔が入りだした。

 全ての妄想に入り込んでくる謎の人物。


 顔が隠れていて何者か分からない彼は、ひどく不気味な雰囲気を纏っている。

 どう見てもいい人ではないだろう。


 元々が妄想なのだから考えることをやめてしまえばいいのだが、そういうわけにもいかない。

 と言うか、できないのだ。


 彼が妄想の中に現れた時、何故かカナは魂が捕らわれたように、その妄想の世界から逃げ出せなくなってしまう。

 そして、彼は段々とカナに迫って来る。


 影がかかっていて顔はよく見えない。

 だが口元にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていることだけはわかる。


 嫌だ、と必死に拒否し続けてようやく現実世界に戻って来るのがいつものパターンだった。

 最近は、妄想に浸っては彼に会って逃げてくるというのが常になっている。


 そんなに嫌なら妄想なんてしなければいい。

 分かってはいるのだが、そう簡単な話でもない。


 妄想は、カナの唯一の逃げ道なのだ。

 これが無くなっては、カナは現実に押しつぶされてしまう。


 カナの現実は、あの世界にしかないのに。


 それに、妄想というのは自分の意志と無関係に始まるものなのだ。

 つまらない授業で全く関係のないことを考え出すように、嫌な現実の中では勝手に妄想を始めてしまう。


 食事中。お風呂の中。眠る前のベッドの上。

 気が付けばいつも、カナは妄想の世界に捕らわれている。


 何とかしなければと、ここ最近カナはそればかり考えてきた。

 何とかして私の世界を取り戻さなくちゃ。


 しかし、それもすべて無駄だったことを悟った。


 今カナの正面から歩いてくるあの人物。

 暗がりの中で顔はよく見えないが、口元がニヤニヤと笑うように開いている。


 とうとう彼がやって来てしまった。


 これは妄想じゃない、現実だ。

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