第87話-金霊-

 金は天下の回り物、とはよく言ったものである。

 しかし、金は使われるから社会を回るのだ。


 ならば何故、目の前の札束は今、自ら飛んで行っている?


 俺は夜空を舞う札束を追いかけて走った。

 あれは俺が苦労して集めた金だ!


 確かに決して綺麗な手段で集めた金じゃない。

 スリをはじめとしたいくつもの犯罪で稼いでいる。


 しかし普通の仕事以上に苦労して稼いでいる金だ。

 そう簡単に手放せるものか。


 一千万くらいにはなったろうか。

 銀行に預けておくのも気が引けて家に置いておいた札束。

 それが今、一塊になって真っ直ぐに空を飛んでいる。


 時間帯のおかげか周囲に人はいない。

 せめてもの救いだ。


 闇の中を舞う紙幣の一部が塊の中から分裂し地面に降りだした。


 俺は、その金だけでも取り戻すべく、金が降りていった方向に向かって走った。


 その先には、一人の老人がいた。

 あちこちが伸びた古臭い服を着た老人が、路上に落ちたゴミを拾っている。


 その老人のそばに、現金の塊がドサリと落ちた。


「おや?」

「あ、すいません、それ俺の……」

「ああ、じゃあ拾いますよ」

 老人は、一瞬その額に驚いたようだったが、後は何も言わずにさっさと紙幣を集めて渡してきた。


 この老人はこんなところで何をしているのか。

 そんなことがふと気になった。


「見ての通り、ゴミ拾いですよ。誰かのために出来ることは年々減ってますからね、これぐらいしかできないんですよ」

 老人は静かに笑った。


 誰かのために?

 ご苦労な事だ。


 しかし自分はそんなことを考えたことなどあっただろうか。

 それどころか、立場が逆なら俺は、この金を拾った瞬間逃げている。


 柄にもなく、そんな考えが頭をよぎってしまった。


 なんだか気まずくなって、俺は裸のままの紙幣をポケットにクシャッとしまい込んで、その場を後にした。


 悪銭身に付かず、という言葉がある。

 この金は俺のもとを離れ、無欲な老人のもとへ飛んでいったのだ。

 恐らく、残りの金も同じような人の所に。


 俺はこれ以上金を追いかける気も起こらず、まっすぐ家に帰ることにした。

 また、あの人に会えるだろうか。

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