第2話 イチジクと紅茶の抽出

 秋もすっかり色付いて来ました。


「先輩はイチジクの一番美味しい食べ方ってなんだと思いますか?」

「イチジクに興味が無い」

 東の窓からまっすぐ差し込んでくる日光をカーテンで遮り、先輩はガリガリ書き物をしています。


「イチジクも生き物ですよ?」

「そう生き物だ。クワ科イチジク属の落葉樹、花の無い果実と書く。知っているか、イチジクの花は果実の内側にある」


「……お詳しいですね」

「品種改良が進むまで、イチジクはイチジクコバチがいなければ、受精できず果肉が成長しなかった。ハチの方も、イチジクの中で成長するから、イチジクが無いと繁栄出来ない。共進化というやつだ。授業で習っただろうが」


「生憎取得してない授業ですね。そんなに詳しいなら、美味しい食べ方も知っているのではないですか?」

「知らん。興味ない」

 先輩は切って捨てました。夏に取れたヒマワリの種を、スケッチにかかります。


「熟れたイチジクは美味しいですよ。先輩にも何か持ってきますので、ご希望があれば」

「生憎パンプキンパイが好物なものでね」

 先輩は種を持ち上げました。黒い線が、不規則な幅で並んでいます。


「先輩は研究者じゃないですか。美味しく食べる研究も、できますよね?」

「私には、一つの花から取れたヒマワリの種子の、模様の違いを探る方が魅力的だ」

 そうして鉛筆を走らせて、右の棚に置いてあったペットボトルを取りました。


「カラか。お前、買ってきてないか?」

「持ってきてますよ」

 はい、と紅茶のペットボトルを差し出しました。先輩はゴクリとひと口飲んで、眉間に皺を寄せました。


「レモン入りか?」

「いえ、無糖のストレートです。変ですか?」

「いや、香りが薄い」

 そして数口飲んで、ため息を吐きました。私は素直に言いました。


「茶葉を置いていたらどうです」

「入れる助手がいない」

 そして間があり、はっと先輩は私の顔を見ました。


「手間はかかるが、ガラス製のグラスかポットを用意すれば、いつでも抽出が見れるな‼」

「まず、葉のエキスが、湯に溶け出しますよ」

「こうしちゃいられない‼茶葉だ‼」

「明日買ってきますので、今日はイチジクを考えましょう」

「出た、またイチジクだ。我が後輩よ、私にイチジクの食べ方を求めるのは、いて座に水素を射れと言ってるに等しい」


「……でっでも、おとめ座の子女は冥界で、ザクロの粒を食べています‼」

「ほう。だが、ザクロはイチジクじゃない」

「水素もリンゴじゃないです」

 はぁ、とまたため息をつきました。こちらも興奮した息を吐きます。


「しつこいぞ。だいたい、舌に残る種子が嫌いだ」

「あ、お嫌いでしたか」

「察せ」

 先輩は椅子をこちらに向けて、背もたれに身を預けました。


「イチジクのタルトは以ての外だ。果実の香りが薄い上に、粒が残る」

「ドライフルーツは身近ですね。甘くて噛みごたえもあって。でも生から作るのは難しいですね」


「ジャムにして濾したらどうだ」

「少し果肉を残したいですけど」

「あとはなんだ、思いつかないな」


「あの果実の紅を濃縮して口に入れれたら素敵ですよね」


 天井を見上げてぽつりと言うと、先輩の動きが止まりました。

 どうしたのかと顔を見れば、瞳が見開かれて輝いていました。


「そうか、なるほど。それは探らねばならない」

「……先輩のツボがわかりません」


 明らかにやる気に満ちた顔に呆気に取られながら、私と先輩は数日間イチジクの食仕方を吟味することになりました。

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