092.ウェディング

 いや、本当に時間ってあっという間に過ぎるよな。


「本当に、よく似合っているよ。ナルハ」

「ありがとうございます、兄上」


 季節は……えーと秋相当。乾季から雨季に移り変わる中間の、ちょうどいい気候の時期に俺とダニエルの結婚式は開かれることとなった。乾季でも雨季でも、お客さんとか大変だからさ。乾季だとくそ暑いし、雨季だと……道が悪くなるし。な。

 というか、今日がその当日である。天気はほどほど雲が多めの晴れ、風は爽やか。クライズの屋敷にて俺の部屋としてあてがわれたこの部屋は結構風通しが良くて、乾季は基本的に窓開けとけばそこそこ過ごしやすい。もちろん雨季はきっちり閉める。

 で、豪華……じゃなくてシンプルイズベスト、な俺のウェディングドレス姿を見て兄上がめっちゃ感動していた。……これ、メイコールはともかく鳴霞としても喜んでるっぽかったのがちと怖い。いや、ナルハはいいけど鳴火のドレスで感動ってないだろ。


「ところで、父上と母上は」

「えーと……」

「当主様と奥様は、ナルハ様のこのお姿を見て涙が止まらなくなりましたので控室の方に戻っておられます」

「………………あ、そう」


 兄上の問いに、どう説明していいものか困った俺に代わってアリッサが全力でぶっちゃけてくれた。そうそう、二人してだばーと涙を滝のように流してたよな。いや、そこまで泣かなくてもいいだろ、と思うのは俺、子供をもったことがないからかね?


「特に奥様の場合、お化粧直しが必要になりまして」

「そこまで感動されたのですか、奥様は」


 はいそこのアリッサ、ゲイル、本音はあまり泣きすぎるなよ準備大変だぞとか、そういうところだろうな。この世界って、化粧するのも落とすのも大変だし。……俺はまだ若いから、そこまで厚化粧はしてないわけなんだけど。


「……可愛い娘を嫁に出すのが惜しい、というのはわからんでもないんだが……どれだけ泣いておられるんだ、母上」

「少々化粧が厚くなる可能性がございますが、お気になさらぬよう」

「本当にどれだけ泣かれるかな母上!?」


 おーい兄上、あんたも落ち着け。まあ、あの顔見てないからどれだけ泣いてるんだなんて分からないんだけど。

 けど、式までにはどうにかするはずだから落ち着けよな。ほら、セファイア兄妹がうわあ何言ってんだこのシスコン馬鹿兄貴、とかいう顔してるぞ。

 ……しかし、この兄上がよくあそこまでだばーと泣かないもんだな、と思う。相手がダニエルだからかな?


「まあ、涙を流されるのもわかります。馬車の事故以来、奥様は心配性に磨きがかかったそうですから……きちんと嫁ぐ日を迎えることができて、幸せなんですよ」

「………………ああ」


 馬車の事故。そう言われて思い出すのは、俺が『水上鳴火』の記憶を取り戻したあの日、しかない。

 そうだよなあ、あの事故って兄上とゲイルがいたおかげで俺は無事だったんだけど、御者と馬が犠牲になっちまったんだもんな。

 そういやあの道、どうなったんだっけ……と考えていたら、兄上が教えてくれた。


「あの道は、もうほとんど使われていないらしいよ。馬車はもっと広い道を使わなければ、とクライズの当主が道路整備に励んでいるようでね」

「そうなんですか?」

「そりゃあ、息子の婚約者が怪我をしたんだからなあ。あちらはあちらで心配性なんだよ」


 クライズ家も同じこと、か。……うんまあ、ダニエルのご両親だし、俺にもとても良くしてくれてるしなあ。

 てか、あの道使われないってことは、安全な道が別に出来てるってことなんだよな。だったら、その方がいいに決まってる。少なくとも、馬車にとってはさ。


「それは、確かに……ああ、あの時どうしてわたくしはナルハ様についていなかったのでしょうかっ」

「わたしはこの通り元気なんだから、大丈夫よ。アリッサ」


 あーついにアリッサまで泣き出しちまったよう。ええい、ひとまず落ち着け頭をなでてやるからさ。それに、今後もお前はついてきてくれるんだろ?

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