035.らぶらぶ婚約者
「さて」
兄上の手紙は置いといて、ダニエルの手紙に移ろう。恐る恐る蝋封を外して、中身を取り出す。便箋を開いた瞬間目に入るのは、『愛しいナルハ』の一言だ。
「ま、毎回なんだけど、はずかしい……」
いやもう、まいどまいど耳まで真っ赤になるんだよなあ。何というかこの一言ね、他の文字より丁寧に書かれてるんだよね。俺の名前の後に、この世界でいうところのハートマークに当たるくるくるっとしたかわいい印がついてるし。
ラブレターじゃなくてもこれなんで、俺もいい加減慣れればいいんだけどさ。ま、まあ先に進もう。
『難しいことは自分に任せろ、とメイコールが言ってくれているので、俺からの手紙はこちらの報告と君への愛でまとめることにするよ。もちろん、君以外の誰かに心を寄せたりはしない』
「うわー」
いつもよりパワーアップしてないか、ダニエルの文章。いつもは今日は何食べたかとか、授業はどうかとかこっちの様子伺いなんだけどなあ。ま、いろいろ言われたか何かしたんだろ、近衛隊の方で。
と思ってたら。
『レオパルド小隊長からも、君のことについては太鼓判を押されているんだ。何でも若い頃、グラントール伯夫人に気があったらしくてね』
「って、母上に惚れてたんかい」
思わず違う方向にツッコミを入れてみた。いやだって、照れくさすぎるじゃねえか。何でいきなり小隊長が出てくるんだ、って思うだろうが。
若い頃、なあ。多分当時は公爵嫡男とかだろうから、既に婚約者がいてもおかしくない立場だよな。……まあ、それで乗り換えとか考えなかっただけマシってことか。公爵家なら、多少無茶やっても立場的に許される部分があるからなあ。
しかもその後、惚れた女性の娘に関して大丈夫だぞ安心して嫁にしろ、とかその婚約者に言ってるわけか。神か?
「……兄上やダニエルがお世話になりまくってます……何かお礼、したほうがいいのかしら」
いや、ガチで何かお世話になったときにお礼はしたほうがいいか。今何かやったら、何か妙に怪しまれる気がする。カロンドとスーロードとシャナキュラスに、変な疑いとか持たせることになる。それで小隊長、というかレオパルド家に迷惑がかかったら、大変だ。
「よし、そいつは後だ」
一言言葉にして、先を読み進める。ダニエルにお返事書くときに、お礼言っといてくださいくらい書き添えればいいや。
『詳しい内容は記せないけれど、近衛隊では訓練に勤しんでいるよ。馬たちもきちんと訓練されていて、とても乗りやすい。クライズ家でも、訓練方法を考えなければならないな。君を乗せて、安全に走りたいからね』
「……っ」
安全に、走りたい。
その言葉で、あの崖を思い出した。わたしが、ナルハ・グラントールが水上鳴火の意識と記憶を引きずり出された、あの転落事故。
あれは、悪天候ゆえの単独事故だったって結論が出てるようだ。亡くなった御者の家族には、十分な補償がされたと聞いてる。いや、父上と兄上がそういうのはやっちゃったから、俺は詳しくは知らないんだ。
「そのへんの事後処理とかも、できるようにしとかないと駄目だよなあ」
クライズの家にお世話になることになったら、そのくらいはできるようにしないとダニエルの力にはなれない。もちろん、クライズ家の使用人とか執事とかに、そういうプロはいると思うんだけど……一応当主夫人予定、だしな。少しでも力になれるんなら、勉強したほうがいいだろう。
「……そういや、事務処理の授業とかもあったな。もうちょっと先だけど」
学園のカリキュラムには、交渉だったり事務処理だったりという地味な内容の授業もあるんだ。ああ、つまりそういうことか。
貴族の家の一員として、必要な技能の基本を学べってことだ。そのための、学園。
『ナルハには、できるだけ苦労をかけたくないとは思っている。そうして、一緒に歩いていきたいとも思っている。学園での生活は大変かもしれないけれど、さまざまな知識を学べる場だ。大変なら、俺が愚痴を聞くよ』
「いやそれはこっちのセリフだし! 大変かもしれないけど、俺頑張るし!」
何、ダニエルに愚痴なんて聞かせたくないけどさ。でも、もししんどくなったら……ちょっとだけ、聞いてもらってもいいかな?
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