034.物騒な兄上

 封筒の中身は便箋数枚と、別折の推定レポート数十枚だった。よくこの封筒に入ったな、と思う。確かに便箋のサイズからすると、少しはゆとりがあるけどさ。

 さて、なになに?


『かわいい我が妹ナルハ。勉強の方は進んでいるかな?』

「慣れたけど……相変わらずねえ」


 ナルハとしては、兄上に可愛いと言われるのは毎度のことなのでいい加減慣れている。ダニエルからも同様、なんだけど照れくさくなるのは実兄から言われるか、婚約者から言われるかの違いだよな。


『さて。シャナキュラス家、カロンド家、スーロード家に関しての情報は別紙に列記する。結論のみ明記するならば、この者たちは揃いも揃ってクライズ家と縁を結ぼうとしている。よって、私は彼らを改めて敵とみなすことにするよ。ナルハのために』

「シャナキュラスもか……」


 おや。ランディアの実家のほうも調べてたんだ、兄上。で、クライズと縁を結ぶってのはつまり、ダニエルを盗りに来るってことだろうな。

 おう、いい度胸してるじゃねえか、と鳴火モードで怒鳴りたくなったよ。これがナルハ仕様だと……何というお心がけかしら、お覚悟は出来ているのでしょうね、かな? やってくれるの兄上とかゲイルとかアリッサだけどさ。


『なお、レオパルド公爵家からも内々に力添えの承諾を頂いているので、王家関係は安心しなさい』

「おいい!」


 俺今、頭抱えてるけどいいよな? レオパルドってこの前お世話になった、小隊長の家だよな兄上? 何ちゃっかり協力もらってんの?

 というか近衛隊、王族いたよね? もしかして、そっちにも協力してもらってるとかいうかな?


『特に、ナルハが心配することはなにもない。ダニエルの心変わりだけが心配だけど、かわいいかわいいナルハなのだから大丈夫だと兄は信じているよ』

「……」


 当たり前のように、俺の名前の前にかわいいをつけるのはさすが兄上、というべきか。前世じゃこんなことなかったんだけどなー、と思うんだけどまあ、兄貴にかわいいっていう妹はな、なんと言うかな。うん。


「……資料見るか……」


 兄上の手紙は横に置いとこう。大体同じような内容が、つらつら続くだけだろうし。後でしっかり読み直さないといけないだろうけど、地獄だあ。

 で、広げた資料の方。シャナキュラス、カロンド、スーロード各家系の当主やら当主夫人やら子女やら配下やら、リストがそこそこ多い。

 カロンドは、フィーデルの母親の資料もあった。おいカロンド当主、この年令の女の子に手を出すのはいくら何でもなしだろうが。この歳で子持ちになって別邸に叩き込まれて軟禁生活、みたいな感じって……うわあ。


「まさか、当主本人がこっち来る可能性ない、よな?」


 いや、いくらなんでもそれはないと思うけど。どうやらカロンド当主、ろり……じゃねえ、ぺどふぃりあっぽいぞこれ。

 で、ものすごーくいやな考え方をすると、だ。

 カロンドは、嫡男の嫁を探してるというか俺とかこのあたりに目をつけてる、ようだ。結構あちこちの家に打診してるって、資料に書いてあるんだよな。

 で。それ、本当に馬鹿嫡男の嫁? いや、表向きはそうなるのかもしれないけどさ、実質的に当主の……って可能性、なくね?


「ぜっ、たいに嫌だふざけんなこのヤロウ」


 相手がダニエルならともかく、そういうど変態親父の住んでる屋敷に行くなんて死んでも死ななくてもごめんだ。いや鳴火としては一度死んでるけど。


「アリッサは知ってるのか? これ」


 ふと考えて、ああだから俺の方に資料が来たのかと気がついた。この資料をアリッサが読んで、俺と同じ結論に行き着く可能性は低くない。そうした場合、彼女はどうするかというと。


「今からカロンド本家に殴り込みの準備、かな」


 この世界では非現実的な発想だけど、アリッサならやりかねないというのが俺の考えである。つーか兄上、よくカロンド本家潰してないな。もし潰してたら今頃、その話でこの国はもちきりのはずだから。

 まあ、物理的に潰すとは限らないけどさ。何しろ兄上、レオパルド家とは話つけてるみたいだから。つまり、権力を持ってこう、いろいろとやらかして差し上げる、という方法が。


「……やりかねない……」


 兄上と、ダニエルと、ゲイルと、マルカと、あとレオパルド小隊長。他、もしかしたらいろいろ。

 そういう方々が全力出したら、本当に弱小貴族なんぞ潰しかねないわけで。


「頼む、兄上、ダニエル……そういうことは、もうちょっとこっそりやってくれ」


 やるなとはとても言えないのは、何というかあの兄の妹だなあと鳴火としては思ってしまったな。うん。

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