025.先触れ
「ナルハ様、お聞きになりまして?」
授業が終わってさあ、寮に帰ろうとしたところで、クラスメートのコーレリアが話しかけてきた。
コーレリア・ディング、子爵家の娘さん。青っぽい髪をポニーテールにしてるのが特徴で、はきはきしたしゃべり方が聞いてて気持ちいい。
ディング家は一族揃って乗馬が得意らしくて、男性は騎馬隊でブイブイいわせてるとか言ってたかな。詳しいことはしらんけど。
「この近くで、近衛隊の演習があるそうですのよ」
「近衛隊? まあ」
そのコーレリアが言ってきた話に、思わず頬に手を当てた。え、学園の近くで近衛隊が演習? ……街の中行進とか、そういうやつかな? さすがに戦闘演習じゃないだろ。
「ナルハ様は、ダニエル様やメイコール様からそう言ったお話は伺っておられないのですか?」
「いや、言わんでしょ」
あいも変わらずランディアが頑張って上から目線したがってるんだけど、即座にポルカのツッコミを受けて撃沈している。実際に聞いてないので、ちゃんと答えてやらねえとなあ。
「そういう話は、来ておりませんわ。さすがに演習といえども、軽々しく外に漏らすわけにはいかないのでしょうね」
「わたくしも兄からは聞いておりませんね。これで情報が漏れていたら、懲罰ものではないかと」
アリッサがとどめを刺したせいで、ランディアの顔が見事にひきつっている。うん、情報ってそんだけ大事なもんなんだよ? 特に近衛隊って、今回は演習だからともかく普段は王様があっち行くから護衛とか、王子様がそっち行くからお守りとか、そういう仕事だし。
「じゃあ、コーレリア様はどこからそのお話を?」
「直前ですから、触れが回っておりました」
「なるほど」
情報の出どころを聞いて、皆で納得する。演習なら、そりゃ先触れが出るよな。つーか、ほんとに何やるんだろ?
でまあ、お触れが回ってる理由の一つにふと思い当たった。そういや兄上やダニエル、言ってたよな。
「新入隊員の中に、王族の方がおられると兄が言っておりましたわね。そのあたりもあるのではないでしょうか」
「王族が、王族を守る部隊に?」
「公爵家の方も多く所属しておられるようですし、問題ないのでは?」
「それもそうですね……」
コーレリアも、その後ろでランディアとポルカも、なるほどと納得してくれた。公爵家って、王族に近い親戚なんだよね。今いる王族に何かあったら、王位を継ぐのは公爵家の中からって決まってるとか何とか。いや、うちには直接関係ないけど。
「ど、どなたがおられるか、ナルハ様はご存知ですの?」
「王弟殿下のご子息、と聞いています」
おお、ランディアの方からちゃんと尋ねてきたぞ。もちろん、快く答えてみせよう。ナルハ・グラントールは心は狭くないのだ。
ただ、名前は聞いてないんだよな。誰か知らないかなーと思ってたら、どうやらコーレリアの方が思い当たるフシがあったらしい。少し考えて、顔を上げた。キリッとした表情、かっこいいなあ。
「そうすると……あの方かしら。ロアール殿下」
「……遊び人殿下、と噂のあるロアール殿下、ですか」
「年齢的に、おそらく」
遊び人殿下って呼ばれてんのかい。あとアリッサ、それ知ってたんかい。
ただ、アリッサも兄上たちの同僚とその遊び人殿下が結びつかなかったのはまあ、しょうがない。前世みたいに個人所有のスマホで画像見せてもらえるとか検索できるとかねえもんな、この世界。
「ああ、でも遊び人をできるだけあってなかなかの男前と伺っておりますよ。ロアール殿下」
ぽつん、とポルカが呟くと、周りで聞いていたご令嬢の方々がきゃあ、と黄色い声をあげた。そういや、婚約者がまだいない人たちもいるな。男も女も。
「せっかくですし、拝見しましょう!」
「コーレリア様、案内してくださいな!」
「え? ええ、構いませんけれど」
あー、見てる間にコーレリアが引っ張って行かれた。ぽかんと見送った俺たちと、そしてランディアたちが残される。男どもは……。
「近衛隊だろ? 見に行こうぜ」
「そうだな、折角の機会だ。行こうか」
ありゃりゃ、行っちまった。そうか、就職先としては悪くないもんな。貴族の嫡男だと家継ぐ前の箔になるし、次男以降だと嫁取り婿入りの売りになるし。
「ナルハ様。ダニエル様のお姿を拝見できるかもしれませんよ、参りましょう?」
「それもそうね。行きましょう、アリッサ」
さくっとアリッサに手を引かれて、俺はあっさりその気になった。ダニエルの仕事してる姿を見られるなんて、多分あまりない機会だと思うし。兄上はまあ、なあ。
「ま、待ちなさい! ポルカ、わたくしたちも行きますわよ!」
「はーい」
そんでもって、ランディアたちが俺たちを慌てて追っかけてくるのはもう、慣れたというか。
どうせなら、遊び人殿下にでも引っかかればダニエルは助かるんだけどなあ。
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