017.もちろん怒られる

「メイコール! ダニエル! ゲイルにマルカ、何をしている!」

「げっ」

「げっじゃないです、兄上」


 門の外から、分かりやすく中年のおっさんの怒鳴り声が飛んできた。近衛隊の上司だろうね、まったく。

 街並みを覚えろ、って指示は出してるだろうけど、今の状況を外から見たら新入りが学生ナンパ中なわけだ。そりゃ怒鳴るわ。


「まったく、メイコールはその年になって婚約者もおらんから!」

「申し訳ありません!」


 ずかずかやってきたのは、明るい茶色……というかもう赤毛か、の短髪に無精髭、分かりやすく鬼上司ちっくなおっさんだった。その割には近衛隊の制服が似合ってる、ってのはまあ、多分貴族だろうしなあ。気品があるんだろうな。

 兄上たちも制服は似合ってるんだけど……いや制服はともかく近衛隊としては下っ端なんだから、この人が指導者としてついてくれてるんだろうなあ。隊長かな?

 そして、兄上がちゃんと謝った。いや、当たり前なんだけど。一応、外面はいいみたいで安心したよ、元兄かつ現妹としては。

 ともかく、状況がアレだしわたしが口を挟もう。少なくとも、学生の前では抑えてくれるはずだ後は知らん。あと、兄上が声をかけた相手が妹だってことくらいは理解してもらわないとな。


「申し訳ございません。兄や婚約者が、ご迷惑をおかけしました」

「ふむ」


 歩み出てきちんと礼をすると、おっさんはぴたりと動きを止めた。兄上一行は見事に固まってるな……隊に帰ってからこっぴどく叱られやがれ。

 ところでおっさん、何感心したように俺をガン見してるんだ?


「これは失礼。自分は近衛隊訓練大隊第一小隊の小隊長、ガレル・レオパルドだ」

「メイコール・グラントールの妹のナルハと申します」


 ふんふん、ガレル小隊長か。って、レオパルドって公爵家……うわあめっちゃ失礼してるだろ馬鹿兄馬鹿婚約者!

 慌ててもっと頭を下げると、ガレル小隊長はふふんと少し表情を崩して笑ってくれた。あーこわ。


「するとあなたが噂の、メイコールの妹君か」

「噂って何でしょうか……」


 ちょ、ちょっと待て。何で今日兄上たちが入ったばかりの、近衛隊の、上司の人が俺に関する噂なんぞ知ってるのか。

 まあ、噂の発信源なんて大体推測できるけど。な、今目の前で固まってる野郎ども?


「とても愛らしく、学問もマナーも秀でており運動はちょっぴり苦手なのが玉に瑕、というくらいは」

「発信源兄上ですね。あと、全力で盛ってますねそれ」


 小隊長の発言であっさり発信源特定。元から兄馬鹿だったけれど、鳴霞の記憶が入って前世ブラコンで倍率ドン、って感じになってる。どんな感じかというと、つまりパワーアップしてるってことだが。

 で、自分としては兄上のナルハ評なので絶対に盛っている、と確信してるんだけど。


「そうでしょうか?」

「アリッサ、あなたが入るとややこしくなるから少し黙っていてくださいませ」

「はい」


 アリッサにとって俺はそうではないらしいので、さっきから首をひねりまくっていた。いや、褒めてくれるのは嬉しいけどさ、今そういうこと言ってるときじゃないからね。

 でまあ、兄上はいいとして……それに乗っかったであろう、我が婚約者ははて。


「……で、ダニエル様?」

「ダニエル、発言を許す。可愛らしい婚約者殿に言い訳してやれ」

「は、はい。……そのような素晴らしい婚約者を持って、俺は王国一の幸せ者じゃないかなって言ったくらい、です」

「……」


 うわあ、そのセリフで顔熱くなったわこんちくしょう! 見ろよ、少し離れたところでわたしたちから引き離されたランディアがごりっごりに硬直してるだろうが!

 あと他の学生の皆様は……あー、きゃーなんて黄色い声上げる女の子たちと目を丸くしてる男ども、視線そらしてるのは男女混じってて中には便乗していちゃつくカップルもいるなあ。あそこらへん、同い年で婚約してるのかね。


「とにかく、その妹君にして婚約者殿に迷惑をかけてはいかんだろう? さあさ、戻った戻った。駆け足!」

『はいっ!』


 ぱん、とガレル小隊長が両手を打ち合わせた瞬間、兄上一行は兄上、ダニエル、ゲイル、マルカの順番で一列になって走り出した。さすがは小隊長、そのくらいの操縦はあっさりできるようになったんだ。というか、こういう階級社会だと基本的には上に従うものだしな。その上がよっぽどひどかったりしたら別だけどさ。


「それでは失礼するよ」

「お手数をおかけしました……」


 苦笑したままのガレル小隊長に深々ー、と頭を下げて、俺は去っていく彼らを見送った。……あ、周囲の視線が怖い。このあと色々聞き出す気だなお前ら! というかランディアとっととあっち行けええええええ!

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