014.兄からの手紙

 まあ、そんな感じで兄上とダニエルの卒業記念パーティは平和に終わった。ランディアがなんかうるさかったけど、そのうちホールの外に連れてかれてたなあ。ずっとダニエル狙ってたのかね、あれ。その根性だけは認める。やらんけど。


「お疲れ様。来てくれてありがとう、ナルハ」

「ダニエル様のお誘いとあらば、断るつもりはありませんわ」


 二人やゲイルのクラスメートっていうのか、その人たちにもちゃんとご挨拶できたし、ダンスも何とか踊れたし、正直ホッとしてる。……ダンスはもっと練習しないとだめだけどな。


「ナルハ、ダニエル。二人のダンス、なかなか綺麗だったよ」

「そうね。ピタリと息があっていて、わたしたちの次にうまいと思ったわ」


 父上母上、お世辞ぶっこいてくれてありがとうございます。というか母上、自分たちが一番うまいと思ってるんかい。

 鳴火の記憶が戻るまでは、兄上のシスコンはこの両親の影響だと思ってたんだよな。いや、今でも多分にそうだと思ってるけど。

 そんなことを考えている俺の横でダニエルは、そつなく挨拶をこなしていた。そうして、最後に。


「では伯爵、伯爵夫人。ナルハをよろしくお願いいたします」

「お前に言われるまでもないな」

「ほんとうよ。わたしたちにとって、ナルハはとっても可愛い娘なんですからね」


 何で、婚約者対うちの両親で静かに対決してんだ。しかもあれ、どっちが俺ラブか、だもんなあ。当事者なんだけど俺、なんというか蚊帳の外。


「ナルハ、これを」


 その蚊帳の外だった俺の手に、兄上がとんと何かをぶつけてきた。とっさに掴んだそれは、ちょっと厚みのある封筒。


「なんですの?」

「手紙。アリッサもメイドもいないところで読んでほしい」

「分かりました」


 ひとまず頷いて、ハンカチ入れの中にしまい込む。こういうドレスってポケットとかないから、ハンカチとか入れておく小さなポシェットみたいのを腰にくっつけてるんだよね。

 アリッサもメイドもいないところ、ってことは寝る前くらいに一人で読めってことかな。ま、何とかなるっしょ。




 兄上たちが学園を離れるのは明日。で、俺たちは学園の近く、王都にある別邸で一晩過ごすことになった。領地にある本家よりは小さいけど、これはこれで十分過ごしやすいんだよなあ。やっぱり一部屋もらえてるし、俺。


「それではナルハ様、おやすみなさいませ!」

「おやすみなさい。また明日ね」

「はい。では、失礼いたします」


 アリッサと、こっちで働いてくれてる俺担当のメイドさんが退室すると、室内は暗くなった。枕元に小さなランタンがあって、いま部屋の明かりはこれだけだ。

 この世界では基本、ろうそくが使われてる。大きなホールとかだとガスランプっぽいのが使われてるらしいんだけど、詳しいことは知らない。仕組み知らなくても、あんまり問題ないしなあ。

 でまあ、このランタンはろうそくを覆うカバーが光を乱反射させる感じになってて、結構柔らかい光が明るく照らしてくれるんだよね。あれだあれ、懐中電灯にコンビニ袋かぶせるとってやつ。アレに近い感じ。


「さて、と」


 兄上に渡された手紙を、こっそり取り出す。着替える前に、枕の下に滑り込ませておいたんだよね。

 白い封筒は学園のもので、このサイズは招待状送ってきたときに使われたのと同じやつだな。中身は便箋と……あれ、レザーと金属で作られたキーホルダーみたいなやつが出てきた。この世界だと、お守りとして作られてるのがあるな、確か。

 お守りはともかく、中の手紙を取り出して広げると、見慣れない文字が綴られて……あ、いや前世で見慣れてるわ。

 この文字、間違いなく鳴霞が書いた字だ。日本語で書きやがったな、あいつ。


『ナルハへ。私が読めるから、多分ナルハも読めるものと信じてこちらの言葉で書く』

「読めたからいいけど、だめだったらどうする気なんだよ……」


 十五年ぶりなんだよ、思い出すのに時間かかっても仕方ないだろ。とはいえ日本語で書くってことは、他の皆には知られたくない話ってことか。前世のことだな……と思って読み進めたら、そのとおりだった。さすが俺。


『くれぐれも、前世のことは知られないように。まあ、ダニエルやセファイア兄妹には機会があれば話してもいいとは思うが、その時は私も同席したい』


 うん。その三人にはゆくゆくは話したいなあ、とか思ってる。ダニエルは普通に受け入れてくれそうだし、ゲイルとアリッサはだからどうした主ラブとかやりそうなんで問題なさそうだからな。


『彼ら以外には、たとえ両親でもやめたほうがいいだろう。特にシャナキュラスとその周辺には、くれぐれも漏らさないように』

「そりゃ分かってるって」


 今の両親、父上と母上はとても俺たちに良くしてくれる。いや、前世の両親もそれなりにちゃんとしてくれてたけどさ……まあ、今のほうがベタ甘というか。それでも前世がどうの、なんて話したらどう扱われるか、判断が難しい。

 あと、シャナキュラスつーかランディアがこのこと知ったら何やらかしてくるかわかんないしな。そこは十分、注意しておかないと。……やっぱり、ダニエルたちに先に話したほうが良くないか、これ。


『それ以外でも何かあったら、同封したお守りに助けを求めればすぐに来る。前世で言うところの防犯ブザーの強化版だ』


 そのためのお守りかよ、これ。ブラコン妹転じてシスコン兄が、うまいこといい方向に働いてるってことかな。

 このお守りにたすけてー、とか言えば何か助けてくれるのが出てくるとか、そういうもんか。……兄上はさすがに出てこない、と思いたいんだが、さて。

 ところでこの世界、魔法とかそういうのあったっけ? ナルハの記憶をさらってみるけど、そういうのは出てこない。


「……まさか兄上、自分で作り出したとかそういう?」


 メイコール兄上ならやりかねん、と断言できるところが恐ろしいな自分。

 このお守りで呼び出される助けは一体どうやって、どんな物が出てくるのか。見てみたいけど……何か、その相手になる人たちがかわいそうな気がする。うん。

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