011.あまり強すぎても困るけれど

 そんなこんなで十日ほどが経過して、本日は兄上とダニエルの卒業式当日。

 招待客は事前に返事をしてるので、学園側も誰が来るかは分かっている。で、家ごとに控室を用意してくれてるわけだ。家の格によっても個室だったり、数家まとめてだったりするのはまあ、こういう世界だからしょうがない。

 で、俺は両親とアリッサと一緒に、小さな部屋を一つ使わせてもらってる。シャナキュラス一門とは、部屋を離してくれてるらしい……何か面倒おかけします。

 そして、両親が卒業式に参加している間の話、なんだけどさ。


「お任せください、ナルハ様。わたくしが、シャナキュラスその他の悪意からお守りいたしますから!」

「あ……はい、ほどほどにお願いします……」


 きらりんと眼鏡のレンズをきらめかせ、アリッサがやる気まんまんでそんなことを言ってきた。うー、まっすぐ見られるとちょっとなんかなあ。

 俺は金髪、アリッサは黒髪なんだけど何か顔が似てるんだよね。だからほんの少し、鏡を見てるような気になってしまうことがあるんだ。前に一度、ウィッグつけたら皆に感心されたことがある。

 まあ、本家と分家……つまりは親戚だしなあ。似ててもおかしくないか。普通は髪の色がまるで違うから、間違われることは絶対にないんだけど。

 俺は今日はエメラルドグリーンのドレス、アリッサは紺色のドレスである。招待されたお客さん、ってこともあるしあまり派手な格好じゃないほうがいいらしいけど、明るい色でもダニエルとか兄上とかゲイルがそばにいたら絶対に霞むし大丈夫だろ。


「それにしても、よくお似合いですわ。ナルハ様」

「ありがとう。アリッサも、とても綺麗で似合ってる」

「お褒めいただき、アリッサ光栄です!」


 ……鳴霞がメイコール兄上になってブラコンがシスコンになって少々参ってんのに、なんで鳴霞の性格によーく似た親戚が側付きになってくるんだろうなあ。ま、兄上もアリッサもダニエルとの婚約には大大大賛成なのが救いだけどさ。


「そろそろ、お時間でございます。会場の方へご案内いたしますので、おいでくださいませ」


 扉の外から、そう声をかけられた。アリッサがしっかり確認をして、他の部屋にも同じように声をかけているというのでちょっと安心。……ま、さすがに伯爵の娘をこんなところから拉致るやつは……もしいたらアリッサが、ついで兄上とダニエルとゲイルが黙っちゃいないんだろうなあ。あとマルカ。


「さあ、参りましょうナルハ様」

「ええ。楽しみね」


 鳴火の意識が出てきてから、ちゃんとしたパーティは初めてだ。正直、料理とか内装とか色々楽しみなんだよね、本気で。

 ナルハが参加してた記憶もあるけど、な。うん。




「あらあら、グラントールのお嬢様。お久しぶりでございますわね!」

「お久しぶりですね、ランディア様」


 よーし、笑顔は作れてるぞ俺。さすがだナルハ・グラントール。

 控室は別でも、パーティ会場は一つなわけで。当然、このめんどくさいランディア・シャナキュラスと顔を合わせなくちゃいけないんだよなあ、はあ。

 しかし、俺というかナルハと同い年であの胸はちと不自然な気がしなくもないんだが。いや、俺は自然な巨乳というものをあまり見てないわけだから、単なる嫉妬かもしれないけどさ。


「あなたは、お兄様のご招待ですのね」

「いえ、ダニエル様のご招待です。アリッサはゲイル殿からよね」

「はい」


 いや、たしかに兄上の招待でもいいんだけどよ。俺はちゃんと、ダニエルから婚約者だからって招待状送ってもらったんだいなめんなこら。しかしこいつ、ほんと誰から招待状もらったんだろうなあ。分家か親父殿の配下とか、かな。

 俺はへれっと聞き流してたんだけど、アリッサはそれだけじゃすまなかった。にっこり笑って、言葉を続ける。


「兄と兄の主より、ナルハ様をしょーもない悪意からお守りするようにとの命を受けておりますので」

「何がしょーもないのよっ!」

「わたくし、シャナキュラスのご令嬢がそうだとはひとっことも申しておりませんが」

「……」


 そうやってすぐ、かっとなるのがランディアの未熟なところなんだよなあ。俺、わたしだってそうそう我慢できるわけでもないけどさ、でもそこまで瞬間発火はしねえし。

 それに、我慢させてくれる人がほら、すぐに来たから。あーここの制服かっこいいなあ、ベージュ基調の軍服っぽい感じがさ。


「ナルハ、アリッサ嬢」

『ダニエル様!』


 わたしとアリッサは、同時にダニエルの名前を呼んだ。……おっと、「マルカ様」とも呼んでおこう。ダニエルの斜め後ろで、ふてくされかけていた小柄な側付きの表情がぱっと明るくなったのが分かる。

 ただ、ここにはお邪魔虫もいるわけで。


「ダニエルさまあ」

「よっと」


 いそいそと接近していったランディアを、機嫌を直したマルカがするりと通せんぼした。次の瞬間アリッサが背後から彼女の両肩に手を置いて、「よいしょ」とまるで椅子を横にどけるみたいにランディアをどけた。そうか、彼女、邪魔な椅子レベルか。

 ま、どうでもいいけど。


「来てくれてありがとう、ナルハ。会いたかったよ」

「わたしもです、ダニエル様」


 だって、ナルハとダニエルはお互いがいればそれでいいもんな。鳴火としてはやっぱり! どうも! 複雑なんだけどさ、少なくともダニエルに対していろんな意味で好意を抱いてることに間違いはないわけで。

 だから、ランディアみたいな意地悪下品令嬢が近づくのは許せないわけだ。うん。


「ちょっと何を邪魔なさるの! わたくしに対して、失礼ですわよ!」


 俺に対して品がない、とかおっしゃったご令嬢、十分お前も品がねえよ。他の人たちがジロジロ見てんだろうが。

 ……そういえば、ランディアの側付きは何やってんだ……と思ってたら、ちょっと離れたテーブルでもっしゅもっしゅとプチケーキ食ってた。おい、それはそれで大丈夫なのかお前さん。

 近づきたくない気持ちはすっごく分かるけどな! 何か、お前さんも大変だよな、ほんとに。


「マルカ、アリッサ嬢。おしゃべりは程々に頼むよ」

「は」

「はい」


 あ、ダニエルが会話の許可出した。アリッサが俺の方に目を向けてくるので、大きくうなずいてみせる。

 これもあれだよねえ、家の格が低い方って、高い方とか主家が許可しないと発言できないっての。普段の会話とかはさすがにそうでもないんだけど、こういう人目のあるところでは未だにそういうルールがまかり通ってる。あーもーめんどくせえ。

 ただ、この二人の場合は発言に許可が必要だっていうルールは必要だ。主に。


「シャナキュラスのご令嬢ともあろうお方が、既に正式な婚約を済ませておられるお二人の邪魔をするというのはまっこと、品がありませんわね?」

「我が主ダニエル様は、ナルハ様との語らいを望んでおられます。どうぞ、ご先祖様の轍を踏まれることのなきよう」

「んぐっ」

「なんですか、シャナキュラスのお家は他のお家から婚約のお話が来なかったりするんですの? わざわざ、婚約者のおられる方にすり寄ろうなんて」

「ナルハ様を見習って、もう少し謙虚になさればいくらでも良いお話は来そうなものですけれどねえ」


 だから程々にしろ、ってダニエルが……言ったけど、少なくともアリッサについてはこれで程々である。多分マルカもそうなんだろな、と思う。ダニエル、苦笑してるし。

 第一、アリッサの言う通り俺がいるダニエルにすり寄ろうとしてるランディアは、他の貴族たちから白い目で見られてるのに自覚ないんだろうかね。そんなに会ってるわけでもないのに、それで噂が広がるくらいやってるんだぞこいつ。

 それと、だ。


「私の妹と親友の邪魔をしてくださるのは、これで何度目かな? ランディア嬢」

「ひいぃっ!?」


 はい来たある意味最終兵器。兄上、ゲイル、冷たい笑顔がこーわーいー。


「ダニエル様よりお伺いしただけで七度目です。メイコール様」

「多分、会ったのも七回くらいだよね?」

「お会いする機会があったのは五回ほどだと、報告を受けております」

「そうか」


 何というか、ごごごごごという地響きをさせるような笑顔で兄上とゲイルは、腰抜かして床に倒れ込んだランディアをガン見している。俺もだけど、ダニエルも愛されてんなあ。

 いや、ひとごとだと思い込みたくなる気持ち、分かってくれよ!

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