008.お部屋でお茶を

 伯爵の娘ということで、わたしは本家にそれなりの私室をもらってる。ベッドルーム別だぜ、すごいな貴族。

 で、ベッドルームじゃない方、手前の部屋にダニエルには来てもらった。メイドに「お茶を二人分、お願い」と頼んで、ソファに座ってもらう。

 ……一人ならさ、はふー疲れたわーとベッドにダイビングしたいところなんだけど。それができないのは外側女の子だし、お客さんもいるしでつらいのう。くそー。


「アリッサ嬢には無理を言ってしまったね」

「いえ……確かに、学園に行けばいつでも彼女とは一緒ですし」

「そうなんだよね」


 一方ダニエルだけど、相変わらず完璧イケメンのままである。こいつだって事故の一報聞いてからすっ飛んできたわけで、疲れてるだろうにさ。

 ……ごめんな、ありがとよ。

 実は村長の家でちょっぴり、婚約破棄なんてことも考えたんだけどさ。中身がナルハと鳴火が混じる感じになっちまったし、な。

 でもさ、万が一そんなことになったら記憶出てくる前のナルハに悪いし、あのランディアが喜びそうだからやっぱやらねー、と決めたんだよ。あー、連想するだけでも胸糞悪い。

 それに……あれだ。そんなことちょっとでも言い出そうものなら、兄上が絶対反対ぶっかましてくるだろうし。そっちの方が怖い、いろいろと。


「お茶と、お茶菓子をお持ちしました」

「ありがとう」


 おう、メイドがお茶持ってきてくれたんで意識を現実に引き戻せた。あぶねーあぶねー。




 男と女、婚約者同士ではあるけれど別に二人きり、ってことにはならないのが貴族だよねー。

 今日はいないけど、ダニエルにだってゲイルみたいな小姓というか側付きというか、あれ正式名称何ていうんだ? ともかくそういうのがいるし。少なくともこの部屋、メイドが二人いるし。

 ナルハでしかなかったときは当たり前だった状況なんだけど、鳴火としての視点から見ると結構何だなあ。人の目があるのがそれなりに当たり前な環境って……ま、いいか。


「手紙は書くよ。仕事が仕事だから、大したことは書けないと思うけど」

「近衛隊は、重要なお仕事ですものね」

「うん」


 そんなこともあって、割と無難な会話しかしないというかできないというか。下手な発言したら、メイド経由で母上に伝わって内容次第じゃ怒られるし。

 それはそれとして、ダニエルの着任先がね。兄上と同じ近衛隊、まあ要は国王陛下直属の護衛部隊なわけだ。当然、手紙に変なことは書けなくなる。お休みの日に本人がどこに行くかくらいならともかく、仕事で行く先は詳しく書けない……要は国王陛下の移動ルートが分かるわけで、なんかあったら大変だもの。

 ま、国王陛下が乗るような馬車なんて見れば分かるけどさ。事前にバレてるかどうかは結構でかいんじゃないかな? この世界、スマホとかインターネットとかあるわけじゃねえから、情報が伝わるのに時間がかかるし。


「わたしは、学園で勉学に励みますね。ダニエル様に見合う女性になるためにも」

「今でも十分見合っているよ?」

「わあ」


 ナルハとしての本音を言葉にすると、ダニエルはにっこり笑って嬉しいことを言ってくれた。だーもう、耳まで熱くなるだろこんちくしょう、いくら意識に男よりの部分ができたからって今の人生は女として生きてるんだからな!


「ああ、でもよかった」


 お茶を口にしたダニエルが、ふっと言葉を漏らした。本気で言ったことが分かるその言葉に、わたしは思わずダニエルの顔を見つめる。


「馬車が事故を起こした、って聞いたときはね。少し前に元気よくまた会いましょう、って別れたナルハが大怪我してないか、ってとても心配だったんだ」


 ……そりゃそうだ、うん。

 正直、人間の被害が御者だけだったのは、兄上とゲイルのおかげなんだよな。正直、御者は座ってる位置が悪かった。いくら兄上たちでも、助けるのは多分無理だったろうな。


「大怪我、ですか」

「メイコールとゲイルが一緒にいて、ナルハが死ぬとはとても思えないからさ。メイコール、普段から何かあったら自分よりも君を守るようにゲイルに言いつけてるから」

「……兄上……」


 ははは、さすがダニエル。よく分かってるよなー。うん、鳴霞が出てくる前から兄上そうだよねー。めっちゃシスコンだもんねー。

 でもまあ確かに、そのおかげで俺は助かったんだろうし。あの二人、に加えてアリッサもだけど、乗った馬車を崖から落としたくらいじゃ死なないし。……御者と馬には悪いことしたよ、ほんとに。

 で、学園ではそのアリッサが俺の側付きになってくれるわけだ。いや、彼女も貴族の娘なんで当然入学するんだけどね。


「アリッサはゲイルの妹ですし、体力も能力も遜色ないはずですから学園では大丈夫です」

「うん、そう聞いてる。だけど、可愛い婚約者のことが心配になるのは、当然だろ?」

「は」


 だーかーらー。

 水上鳴火の意識が多めに出てきてるっぽい今でも、ダニエルのその言葉にはこー何というか照れるというかこっ恥ずかしいというか、うん。

 言葉は優しいし、それでいて必要以上に近づいてくるわけでなし、視線はどこからどう見ても裏を読み取れないレベルのきれいなもんだし。

 さすがはダニエル・クライズ、あのブラコン妹転じてシスコン兄上がその妹の婚約者にふさわしいと認めた男だ。くそう。

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