007.帰宅、そして

 本当に、昼前に馬車が迎えに来てくれたので屋敷の主に礼を言って、帰宅の途に着く。山に入る入口は封鎖されていて、警備兵が見張っていたな。


「御者と馬を置いてきてしまったからね。彼らを『連れ戻す』作業もあるんだろう」

「御者にも家族はいるだろうしな……」


 警備兵たちの姿を見ながら、兄上とダニエルが交わしていた言葉が耳に残った。

 自動車事故に遭った俺や鳴霞……は死んだっぽいからともかくとして、両親はどうなったんだろうな。確認のしようもないけどさ。

 それはともかく、無事グラントール本家にたどり着いた俺たちは、屋敷の玄関で今の両親に迎えられた。


「メイコール! ナルハ!」


 金髪の色が若干薄くなった……あ、毛量は多いんでオールバックな父上。若い頃はやっぱり馬と並走できたとか何とか……なんだろうな、この世界。


「おお、よく無事で!」


 金髪、というよりは茶髪に近い髪をうなじのところでまとめてる母上は、ちょっときつめの顔をしてる。その割に子供には甘いんだよなあ。ほら、今まなじりが下がってほにゃんとしてるし。

 で、その二人に対して苦笑しながら兄上が、一言返した。


「私もナルハも大丈夫ですよ。父上、母上」

『わたし大丈夫だよ。おとーさん、おかーさん。でも、おにーちゃんいたそう』


 ……おっと。

 前世で子供の頃、二人して転んで怪我したときに鳴霞が言ったセリフが思い出された。

 いや、あのときたしかに鳴霞はまったくもって無傷だったんだけど。俺が無理してかばったんで、肘とか色々擦りむいて絵面だけはすごかったらしいんだよな。

 思えば、あれから鳴霞のブラコン始まったんだっけか? まさか、転生してまで続くとは思ってなかったぞ。


「それよりも、ナルハの方を案じてやってください。ゲイルが守ってくれましたが、怖かったでしょうに」

「そうね。お前とゲイルがいなければ、ナルハは大変なことになっていましたものね」

「あ……はい」


 うん、だから母上、ものすごく心配なのは分かるし抱きしめてくれるのもありがたいんだけど……なんか、悪いなあ。

 中身に別世界の二十代にーちゃんの記憶が入っちゃいましたよー、なんてとても言えない。頑張って、母上の大好きな十五歳美少女のままでいなくちゃな。不意に鳴火が出てくるのは、何とかしないと。

 ……で女性陣がこんなことやってる間に男性陣、この場合父上と兄上はさっさと情報のやり取りをしてる。ゲイルとアリッサは馬車から荷物、といっても大したもんじゃないけど下ろしたり、メイドさんたちに指示飛ばしてる。この後お風呂入ってご飯かな。


「馬車と山道については、既に調査団を派遣している。迂回路もあるが、道の修復も早くせねばならんからな」

「それと、ミナーク村の村長の屋敷に世話になりました。詫びと礼をせねばなりませんので、手配を」


 あの村長さんの村、ミナーク村って言ったんだ。いや、名前は聞いたかもしれないけど多分頭の中からすっぽ抜けてる。……クライズの家とも関わりある地域だし、覚えとかないといけないな、ナルハとしては。


「うむ、それは分かった。すぐに手配させる……いや、メイコール。ゲイルも一緒においで」

「分かりました」

「はい」


 おや。父上、兄上とゲイル連れてくのか。どうせ家にいるんだから、仕事手伝わせる気だな。兄上は後継者だし、ゲイルは何でもその側近候補ってことみたいだし、な。

 そうして行きかけた父上が振り返って……呼びかけた先は、さりげに俺の近くにいるダニエルだった。


「ダニエル殿、しばらくの間ナルハと一緒にいていただけるかな。学園にはまだ戻らなくて良いのだろう?」

「そうですね。メイコールもですが、あとは卒業式に出席すればいいはずです」

「では、わしらは忙しくなるでな。クライズには連絡を入れておく、ナルハの気を落ち着かせていただければありがたい」

「こちらこそ、お願いしようと思っていたところです。ありがたくお受けしますよ」


 ありゃ。ダニエル、うちにいてくれるんだ。なんか、ホッとした。

 いきなり出てきた水上鳴火の記憶と地味に混じった人格、その前には馬車の滑落事故だもんな。多分俺、結構ダメージ受けてるんじゃないかと思う。鳴火はともかく、ナルハはなあ。

 しかしダニエル、ほんっとごめん。おまえさんの婚約者、今中身がえらいことになってる。


「あ、ではわたくしも」

「ああ、アリッサはそろそろおうちに帰らないとね。まだ寮に運ぶ荷物の整理が終わってないのでしょう?」


 ……空気を読まずに割り込んでこようとしたアリッサを、母上が止めてくれた。俺の中身はともかくさ、傍から見たら心理的ショック受けた娘とその婚約者が二人きりになろうとしてるところだろうが。さすがに空気読めお前。


「え、でもわたくし、ナルハ様と……」

「学園に入れば、側付きになるんだろう? 今は俺に譲ってくださらないかな、アリッサ嬢」


 ぐ、この柔らかい口調はさすがだな、ダニエル。そりゃナルハが「素敵ですわダニエル様」って両手組んで目をキラキラさせるわけだよ。……自分だけど!

 それに、ダニエルの言い分は筋が通ってるんじゃないかな? 学園は全寮制で、俺たちが入学する前に兄上とダニエルは卒業する。学園の関係者以外は、基本的に中には入れないんだぞ。……たまに面会とかできるみたいだし、イベントのときは交流もあるけどさ。

 だから、わたしの婚約者であるダニエルが今のうちにナルハを独占したいのはアリッサだって分かるだろ。入学したら多分、四六時中一緒だぞお前と俺。


「……そ、そうですね。ダニエル様は婚約者様ですものね、分かりましたあ」


 とまあそういうことはアリッサにも分かったらしく、おとなしく引いてくれた。あーよかった、一応お礼は言っておこう。


「ありがとう、アリッサ。学園に入ったら、よろしくね」

「はいっ! お任せくださいませ、ナルハ様はわたくしがお守りいたします!」


 ………………あ、うん。

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