003.婚約者がとんで来た
「……まあ兄上の考え方はともかくだ、ダニエルだろ問題は」
「別に問題ではないな。問題、というならこの世界の方だ」
きっぱりとメイコールに言われて、気がつく。いや、ナルハとしては常識として理解できてたことなんだけどな。
「私はグラントール家の跡取りだからいいけどさ、ナルハは私の妹なんだよ? いつまでも家にいてないで、どこかに嫁入りしないとだめな世界だってことくらい、分かってるでしょ?」
「いやまあ、それは分かってるんだけどね……」
要はそういう世界だってことだ。べったべたな貴族社会が幅を利かせてる、この世界。行き遅れの娘は大変に好奇心の目で見られるわけだ。だから、当然のように年齢が二桁に乗る頃には婚約者を探して決めて、みたいなところがある。ナルハ、わたしの場合は兄上にダニエルという親友がいてくれたおかげで考える必要もなかったみたいだけど。
「というわけで。次期当主としては、可愛い妹をできれば良いところに嫁がせたいわけ! 我が親友、何でもできる高スペックイケメンなダニエルの嫁になってくれたらおにーちゃん最高!」
「あがー」
あ、こりゃだめだ。再び頭を抱えることにしよう。というか兄上、鳴霞のブラコン転じてシスコン口調が炸裂してるぞ大丈夫か?
そりゃあさ、ナルハとしてはそっちの方がありがたいわけよ。
メイコールが言う通り、こういう世界って女はどこかの家に嫁に行ってそこで子供生んで育てるのが役割だ。たまに、後継ぎの男がいない場合は婿もらって後継ぐこともあるんだけど。うちは伯爵家だから、まあ上でも下でもそれなりの貴族の家に行くことになるんだろうなー、というのがナルハとしての認識なわけだ。それは鳴火の記憶が入った今でも、そういうものだと思っている。
ああ、さすがに王様とか王子様のところは多分無理だろう。そっちは公爵家か侯爵家、あと外国の王族だったりだからな。
そういう状況の中で、もうそろそろ結婚適齢期を迎える娘がそこそこの家柄で兄の親友な全部盛りイケメンと婚約できてるなら、将来はまあ安泰なわけだ。まあ、ダニエルが実は何かろくでもないやつだったりしたら、目も当てられないわけだが。
「……ダニエル、変な性癖とか持ってねえよな?」
「ないと思う……けど、もし何かあったら何とかして私に伝えてほしい。それか、私が会いに行ったときにダニエルが会わせないとか抜かしたら、クライズの屋敷破壊してでも助け出すから」
「よ、よろしくおねがいしますあにうえ……」
それは、ダニエルから逃げる分には良いがお前から逃げたくても逃げられないってことか。つーか、兄上とダニエルがガチで戦闘したら屋敷破壊だけじゃ済まない、気がするけどな。
程々に頼むぞ、元ブラコン妹現シスコン兄上よ。前世より今のほうが力関係はお前に偏ってるんだからな!
「あとは、ナルハがうまく女の子を続けてくれればそれでいいから! たまにはおにーちゃん、親友の顔見るためにって理由で見に行ってあげるから!」
「いやマジ程々にな……」
こうなりゃ何度でも頭抱えてやるよ。メイコールはさっきのセリフもあったし俺にそういう意味で手は出してこないだろうけど……ダニエル、頼むから中身も裏側も全力イケメンで頼むぞ!
……あー、何でこんな事になっちまったかなあ……?
「すみません。よろしいですか」
「はい」
扉をノックされて、外からここの使用人のおばさんの声がした。はて、夜も遅くなってきたみたいだけど、何かな?
「クライズのご子息がおいでになりました。お会いになりますか」
「クライズ……って、ダニエル? 来たのなら、しょうがないな」
「ダニエル様ですね……」
うんまあ、ここからだとグラントール本家よりクライズの別荘の方が近いだろうけどさ。何、使いの人が到着してすぐすっ飛んできたとか言わないよねダニエル? うん、だって今、おばさんの後ろから気配がしたから。
「失礼する! ナルハ、メイコール!」
「お、お待ち下さい!」
「あ、いやもういい、ありがとう。あと、ダニエル落ち着け」
何というか、雨の匂いをまとわせて水も滴らないけどいい男と化したダニエルは、おばさんを押しのけるのではなくするりとすり抜けてこの部屋に入ってきた。兄上よりわたしの名前の方を先に呼ぶの、どうかと思うんだけど……。
で、兄上がおばさんにお礼を言って下がってもらい、それからダニエルの首根っこをガシッと掴んだ。俺に抱きつく寸前である。何というか、目にも留まらぬ早業の応酬……と言うにはなあ、やってることがなあ。いやいいんだけど。
「だ、だがメイコール!」
「ここは私の家じゃない、一時的に借りているだけだ。迷惑を掛けるな」
「そうですよ、ダニエル様。わたしも、このとおり無事ですから」
「そ、そうだ、な」
いやはや、ダニエルにしてはなりふり構わない感じだったな。俺、いや、わたしもこんなダニエルは初めてだ。多分、兄上もそうなんじゃないかな?
「す、すまなかった……グラントールの馬車が事故にあったと聞いて、いても立ってもいられずに走ってきたんだ」
「……どうりで一人か」
「うちの連中はお前のゲイルと違って、俺にはついてこられないんだよ」
基準がゲイルなのが間違ってますよ、ふたりとも。普通はあなた方の足についてこられるもんじゃないから……兄上に運ばれて、よく理解したけどな。
しかし、ダニエル、すまん。日中一緒にいたナルハと今のわたしは、中身がその、少し違うんだ……ごめんな。
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