002.今後はどうしよう

 で、兄妹で話し合った結果。

 ひとまず、前世だの転生だのといったことは隠しておくことにした。この世界では先に生まれてきている兄上に、過去にそんな記録があるかどうか聞いてみたんだけどさ。


「うん、学園で歴史とか色々勉強してるし図書室でいろんな書物読んだことあるけど。少なくとも表向きには別世界から来ました、なんて記録はなかったよ」

「あっても隠しそうだもんなあ……もしバレたらどうなるやら」

「変なことを言っている、なんて思われるならまだマシな方だけど……聖人に祀り上げられたり、逆に変なこと言いふらしてるとかで投獄なんてことにもなりかねないか」


 どちらにしろ、面倒なことになりそうだという結論が出たのでこれは二人の秘密、ということになった。グラントールの家や、ダニエルにまで影響……は出ないと思うけど、念のためな、うん。


「まあ、私はともかくナルハに何かされたら怒るし。私もダニエルも」


 こうしれっと言ってくる兄上、中身妹に俺は肩をすくめる。いや、メイコール兄上は伯爵家の長男で、つまりは跡継ぎだぞ。こういう世界だと、お前のほうが重要なはずなんだが。


「自分の扱いで怒れよ……」

「いや、私自身はどうとでもなるから。それはナルハも、よく知ってるでしょう?」

「よく存じております、兄上」


 そういうことを言ったら、メイコールはしれっとそんなふうに返してきやがった。いや、たしかにお前さんは一人ならなんとかしやがるけどよ。

 人一人抱えて馬と同じ速度で走れるメイコール兄上は、頭の中身は程々だがとにかく体力が高い。剣や鈍器持たせたら、敵はほぼいないんじゃないかなーと言われるレベルだ。今在籍してる王立学園を卒業したら、近衛隊に入隊とか何とか言ってたっけなあ。


「御者と馬がだめだったのに、兄上はケロッとしておいででしたものねえ」

「額軽く切っちゃったけどね。ゲイルにはナルハを守るっていう崇高な使命があったからさ、守ってもらえなくて」

「……わたしが無事だったのは、そのおかげですか……」


 もしかして、その額の傷ひとつで鳴霞の記憶戻ってきたってか。それはどうなんだ、お前……じゃなくて兄上。ああめんどくさい、鳴火とナルハの認識がごちゃまぜになる。

 わたしの場合は多分、ゲイルが守ってくれたけれど衝撃が大きかったとか、その辺りだろう。俺、鳴火ならともかくナルハじゃなあ、弱っちいもんな。いや、前世でもろくに戦闘能力とかなかったけどさ。


「……あ。さすがに、ナルハを鳴火おにーちゃんって呼ぶのはおかしいよなあ?」

「呼ぶ気だったんかい」


 不意に兄上がぶっ放してきたので、思わずツッコミを入れる。前世その他隠すんだから、当然呼び方を前世準拠にするのはおかしいだろうが。この馬鹿妹……ええと今は馬鹿兄貴。


「呼び方は、現在ので統一するしかないだろ。今の立場は兄上が兄上で俺が妹、なんだからな」

「それもそうだね、ナルハ」

「ご理解いただけて何よりです。メイコール兄上」


 お互い、今の呼び方で相手を呼ぶ。十数年呼び慣れている呼び方なのに、余計な記憶が戻ったせいで何というか微妙だよなあ。

 ま、他の家族とかダニエルなんかは大丈夫……だと思うけど。さすがに、父上と母上が前世の両親てことはないよな?


「あにうえ……かあ」

「んあ?」

「あ、いや何でもない」


 あ、メイコールがうっとりしてる。もしかして俺が兄上って呼んだからか。呼ばれ慣れてるメイコールの意識だけならともかく、鳴霞の記憶が入って中身がややこしいことになってるのかね。俺と一緒か。

 しかし……ブラコン妹転じてシスコン兄貴て、どんなもんだよこいつは。俺は前世でシスコンじゃなかったし、今も……ブラコンじゃねえ、と思うんだがな。周囲から見たらどうなんだろな?


「しかし、私は口調ほとんど変わらないから良いけど、ナルハは大変だよなあ」

「頑張って女の子口調に努めますわ……一応、伯爵の娘を十五年やってきてるから大丈夫なはずなんだけど、何で鳴火の口調とか一人称とか出てくるんだろ」

「思い出して間がないから、じゃないかなあ。インパクト強いんじゃないかね、ナルハの中で」

「おお、なるほど」


 ふむ。自分でわからないことは、外から見てもらうとわかるもんだな。

 ナルハの立場に立ってみれば、いきなり頭の中に別世界の二十代男性の記憶がごんと出てきたわけだものな。インパクト強くてそちらに口調が流された、と考えれば良いのか。

 落ち着けばナルハに戻っていくのかな……そこらへんは、自分でも分からない。兄上の方は……ま、俺が考えることじゃないか。


「おっと。あ、そうそう」


 おお、兄上が現実に戻ってきやがった。ぽん、と手を打ってこっちを見つめてくる。……ほんと、イケメンなんだよなあ……元妹で現兄貴じゃなければなあとか思うわけだ、ナルハとしては。

 ……やっぱブラコンか? ナルハオンリーのときは全く自覚なかったんだが、鳴火の意識が入ってきたことで多少客観的に見られるようになったら、そう思えるようになった。やべえな、俺。


「安心しろ、ナルハ。ダニエルとの婚約は、このまま進めるから」

「え、何で!」


 両肩に手を置かれた上でいきなり言われたセリフに、反射的に返す。

 ダニエル、ダニエル・クライズ。

 クライズ侯爵家嫡男、顔良し頭よし性格よし運動神経抜群と天はこいつに何物与えたんだテメー贔屓がすぎるだろ、レベルのとんでもイケメンである。ナルハとしてはとっても素敵な婚約者なわけだが、鳴火から見るとくそう羨ましい、という感じ。あ、金髪碧眼どう考えても王子様ちっくな顔思い出したら自分の顔が熱くなった。なんてこった。

 ちなみにメイコールと同い年で、三年間通うことが義務付けられている国立学園でもずっと付き合ってる大親友、という関係で俺に紹介されたわけだ。伯爵家と侯爵家、領地が隣り合わせということもあって親同士も仲が良くて、結果婚約と相成ったわけ。

 兄上とダニエルが親友になったきっかけは……確か、幼い頃に顔合わせしたら喧嘩になって、戦闘能力がほぼ互角で気が合ったとか何とか。


『それから、一緒に訓練するようになってね。今でも、俺のストレートを避けられるのはメイコールくらいのものさ』

『私の蹴りを寸前でかわせるのは、ダニエルだけだよね。他の連中、動きが遅くて遅くて』


 今日のお昼、一緒にランチを頂きながらそんな話を聞かされましたよ、わたしは。その時は鳴火の記憶がなかったせいもあるのか、『兄上も、ダニエル様もとてもお強いのですね!』って手を組んで目をキラキラさせてたっけなあ。自分。

 こんなのが二人もいるこの国大丈夫か、いろんな意味で。何というか、国防方面は大丈夫な気がするけど。


「何でって、別に取りやめる理由はないよ? ナルハだって、食事とかとても楽しそうだったじゃないか」

「いや、あるだろ。わたし、というか俺の中身がこんなになっちまったんだぞ」

「ダニエルなら気にしないと思うけどなあ」

「兄上と一緒にすんな」


 いや、ダニエルはほんと良いやつだよ? ナルハとしてはあんな超絶イケメンの旦那様のところに嫁入りできるなんて頭ぼー、って感じだったし。その後別荘の庭とか案内されたけどどこまでも紳士でさ。いやもうやばいって。

 鳴火から見てもさ、こんなやつが友人にいたら絶対いい相手とくっついてほしいって思うし、友人面できるのが自慢になる。メイコール、本気でお前よく親友になれたなほんと。


「ナルハとしてはまあ、悪い相手じゃないと思ってるんだ。今でも」

「なら、いいじゃないか」

「ナルハとしては、だ。鳴火の記憶やら何やら入ってきちゃったんですよ……これほんと、ダニエルに隠すのもあれだけど言うのもなあ」


 だが、ここなんだよな。うっかり、中身がめんどくせえ野郎になっちまったんだぞ。これを、あの全部良しイケメンとくっつけていいのか? あの完璧イケメンならなんとなく、どんなふうになっても君はナルハだよとか言ってくれそうだけど、だから余計に!


「正直私がダニエルなら、中身関係なく嫁にもらうんだけど」

「それは兄上が兄上だからだ」

「うん。というか、鳴霞のときも鳴火おにーちゃんと既成事実に持ち込もうとか思ってたし」

「思うな! つか怖えよ!」


 え、なにそれ初耳。元妹、何考えてやがるんだそんなことしたらしょっぴかれるのは俺のほうじゃないのか!


「逆の立場になって気がついた。確かに、実の妹とへんなことになっちゃったら妹に嫌われそうだよね?」

「元妹のくせにその立場離れてから気づくな!」


 何か話ずれたけど……もしかして転生して助かったのか俺! 実妹にのしかかられかけてたのか! まーじーかー。

 勘弁してくれよ……今は逆の立場だから、そういう展開になったら確実に抵抗できん。改心……改心? いやまあ考え直してくれたのなら良かったけどさ。

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