遺跡の最奥にたどり着いたが、真実はいつでも残酷らしい。――4

「お手並み拝見といこう――『軍勢召喚ぐんぜいしょうかん』」


 アジ・ダハーカの影が石の床に広がる。その影から浮かび上がるように、無数の歩兵が現れた。


 いずれの歩兵も、先ほど俺たちに突進してきた騎兵と同じく黒ずくめで、身の丈の三倍はある長槍ながやりと、楕円形の盾を手にしている。


「歩兵がたくさん現れたよ、ご主人さま!」

「多すぎます! 一〇〇は下りません!」


 クゥとミアが瞠目どうもくした。


 俺は顔をしかめる。


「武装した人形をび出すスキルか!」

「正解だ、少年」


 アジ・ダハーカの真ん中の頭が頷いた。


「まあ、わかったところでどうにもなんねえけどな!」

「歩兵たちよ、陣形を組みなさい!」


 右の頭が意地悪そうな笑みを浮かべ、左の頭の厳かな号令が響く。


 左の頭の号令に従い、無数の歩兵が列を成した。


 大部屋の端から端を繋ぐ横列。それが一〇。並んだ歩兵は、手にしていた盾を構え、長槍を前方に向ける。


 完成したのは、城壁の如き槍衾やりぶすまだ。


密集方陣ファランクス!」

「ほう。この陣形を知っているか。少年、やはりきみは侮れないな」


 真ん中の頭が感心したように吐息した。


 前世で読んだマンガやラノベに出てきたので、俺は知っている。


 アジ・ダハーカが喚び出した歩兵たちが組んだ、この陣形の名は密集方陣。古代ギリシアで用いられた陣形だ。


 陣形を組んだ歩兵たちが、俺たちに向かって歩き出した。その速度は緩やかだが、槍衾が迫ってくる光景は異様いような迫力がある。


「どんどん、近づいてくる」

「このままでは追い詰められてしまいます~!」


 普段は無表情なピピが眉根を寄せて、ララが焦った声を上げた。


 密集方陣は、長槍による攻撃がそのまま防御に繋がる陣形だ。


 長槍は遠くまで届くので、相手に接近を許さすに突き殺すことができる。無理矢理に突破しようとしても、二列目、三列目、四列目があるので、いつかは力尽きて返り討ちにされてしまう。


 特に、逃げ場のない状況で用いると効果絶大だ。相手に近づいていくだけで圧殺することができるのだから。


「勝負は一気に決するものだ。さらに手を打つとしよう」


 俺たちが緊迫するなか、アジ・ダハーカが両腕を掲げた。


「『衰弱化すいじゃくか』。加えて『増強化ぞうきょうか』」


 途端とたん、俺の体を疲労が襲った。


 まるで水底に沈められたかのように体がだるい。なにもしてないのに息が上がる。


 ふと、エイリピアに到着した際のクレリアさんの発言を思い出した。




 ――みなさん、急に体がだるくなりませんでしたか?


 ――激しい運動をしたあとのように、体が重いのですが……。




 俺は悟る。


 クレリアさんの感じただるさの正体は、アジ・ダハーカのスキルによるものだったのか!


 アジ・ダハーカは、俺たちにカムラ遺跡の封印を解かせるため、『海の悪魔の呪い』と偽り、エイリピアの住人たちを衰弱させていた。


 おそらくその手段が、アジ・ダハーカが行使した『衰弱化』スキルなんだ。


 いままで俺たちがだるさを感じなかったのは、『衰弱化』スキルの効果を上げるのに条件があるからだろう。そうでなければ、先ほどの騎兵の奇襲で俺たちはやられているだろうから。


 俺たちが顔をしかめるなか、迫る歩兵たちが雄叫おたけびを上げた。


 歩兵たちの筋肉が盛り上がり、歩みが目に見えて早くなる。


 これもスキルの効果だろう。『増強化』の名前から考えるに、アジ・ダハーカは歩兵たちを強化したんだ。


 歯噛みして、俺はアジ・ダハーカをにらんだ。


「敵に対しては『衰弱化』スキルによる戦力低下。味方に対しては『増強化』スキルによる戦力補強か。シンプルだけど強力な戦術だな」

「まだ終わりではない」


 睨み付けられたアジ・ダハーカは、平然とした様子でタイタンに目配めくばせをする。


「やってくれ、タイタン」

「――『鈍重化どんじゅうか』」


 タイタンの単眼がにぶく光る。


 直後、ズシリと体が重くなった。全身になまりのウェイトを巻き付けられたかのようだ。


「いきなり体が重くなった!」

「動きにくい」


 クゥとピピが顔をしかめる。


 タイタンのスキルは速度低下か! 自陣を強化し、相手には弱体化にぐ弱体化。本当に厄介やっかいだ!


 ハンデを負わされた俺たちに、密集方陣が迫ってくる。歩兵たちが鳴らす足音は、死へのカウントダウンだ。

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