何度となく絶望に叩き落とされたが、何度でも立ち上がりたい。――3

「なっ!?」


 あたしは驚愕きょうがくを禁じ得ない。


 愕然がくぜんとするあたしに構うことなく、サンダーボルトを回避したダークナイトたちが、各々おのおのの武器を手に駆けてきた。


「負けないで、エリスさま!!」


 村人たちの声援が届く。


 応えないと!


 頭を切り替えたあたしは、一体のダークナイトと相対した。


 ダークナイトがロングソードで唐竹割からたけわりを放つ。まともに食らえば、あたしの体は左右に分断されるだろう。


 死が目前に迫る。背筋に悪寒が走る。


 恐怖に負けないように歯を食いしばり、あたしは集中力を研ぎ澄ませた。


 左腕を反時計回りに振りあげ、ロングソードの側面を、ミスリルの籠手ガントレットで弾く。


 ロングソードをいなされ、ダークナイトが姿勢を崩した。


 いま!


 あたしは右手に魔力を集中させ、雷魔法を撃とうと突き出す。


 瞬間、ダークナイトが右にステップした。


 ロングソードのダークナイトがあたしの視界からはず)れ――長槍ランスを引き絞るダークナイトが飛び込んできた。


 あたしは瞠目どうもくする。


 ロングソードのダークナイトの影に、隠れていた!?


 引き絞られていたランスが放たれ、あたしの胸に迫る。


「くぅ……っ!」


 咄嗟とっさに地面に転がり、間一髪、あたしはランスを回避した。


 体勢を整えないと……っ!!


 焦燥しょうそうに駆られ、急いで立ち上がろうと、あたしは地面に手をつく。


 しかし、体勢を整えるより早く、あたしの前に、戦斧せんぶを持ったダークナイトが現れた。


 振りかざされたギラつく斧に、あたしは戦慄せんりつする。


 立ち上がるのを諦め、あたしは再び地面を転がった。


 振り下ろされた斧が、地面に亀裂を入れる。わずかでも遅かったら、あたしの頭はコロリと落ちていただろう。


 息が苦しい。全身が汗と泥でまみれている。勇者らしさはちっともない。


 けど、それでいいわ。泥臭かろうが、絶対に勝つ!


「エリスさま、負けないで!」


 そうよ。あたしには、守らなきゃならないひとたちがいるんだから!


「お願いです! あたしたちを守ってください!」


 もちろんよ。あなたたちは、あたしを認めてくれた。あなたたちが、あたしを勇者にしてくれたもの!


「早く倒してくれ! 助けてくれ!」


 もう少しだけ待ってて。どんな手を使っても、ダークナイトを倒すから!


 あたしは勇者! あたしは『主人公』! 勇者は負けない! 『主人公』は勝つ!


 刃が、槍が、斧が、矢が、ありとあらゆる凶器があたしを襲う。


 あたしは地面を転がり、い回り、紙一重で回避していった。


 形振なりふりなんて構っていられない。必ず勝機が訪れる。だから、絶対に諦めない。


 あたしが、みんなを守るの!




「いい加減にしろ!! いつまで手こずっているんだ!!」




 突如とつじょ、村人のひとりから怒声が上がった。


「…………え?」


 一瞬、頭が真っ白になった。


 戦闘中にも関わらず、あたしは声が聞こえたほうを見る。


 焦燥と恐怖と――激しい怒りに歪んだ顔が、あたしの目に映った。


「あんたは勇者なんだろ!? 世界を救う者なんだろ!? だってのに、そのざまはなんだ!! とっとと倒せ!! 俺たちを助けろよ!!」


 稲妻に打たれた気分だった。


「なにを……言ってるの?」


 あたしの喉から、か細い声が漏れた。


「そうだ! 勇者のあんたがやられたら、俺たちは殺されてしまうんだぞ!!」

「早く立ち上がって! ダークナイトを倒しなさい!! それがあなたの使命なんでしょう!?」


 先ほどの村人に追随ついずいするように、周りの村人たちも、あたしに罵声ばせいを浴びせはじめる。


 式典会場全体に怒りが波及はきゅうするまでに、時間はかからなかった。


 まるで、悪意の火種が燃え上がるように、あたしを非難する声が次々と上がる。


「なんで? なんで、そんなこと、言うの?」


 あなたたちは、あたしを認めてくれたでしょ? 勇者だって言ってくれたでしょ?


 あたしは、あなたたちの期待に応えてきたでしょ? 魔獣を倒して、村をさかえさせて、あなたたちを助けてきたでしょ?


 なのに、なんで、あたしをなじるの?


 あたしは呆然と立ち尽くす。


 転生して、『聖者』スキルを手に入れて、デュランダルに選ばれて、やっと、望んだ人生を歩めた。


『モブ』じゃなくて、『主人公』になれた。


 そのはず、だったのに……


「どうして、こんな目にわないといけないの?」


 視界が涙でにじむ。


 あまりにもみじめすぎて、体が震える。




 そのとき、足もとが紫色に光った。

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