課題のために森に入ったが、ハプニングしか起こらない。――4

 全力疾走すること、およそ五分。


 木々と霧に囲まれるなか、俺は膝に手をつき、息を整えていた。


「ほ、本当、心臓に悪い……」


 俺はひとごちる。


 したってくれるのは嬉しいけれど、四人には、俺も男だってことを意識してほしい。


 毎度毎度、理性崩壊の危機と必死に戦っているんだから。


 体が熱く、心臓がうるさい。全力疾走も原因のひとつだが、それだけじゃない。


 いまだに、俺の網膜には、四人の半裸姿が焼き付いていた。


 俺はブンブンと頭を振り、煩悩ぼんのうしずめる。


「みんなは俺を信頼してくれているんだ。欲情するなんて裏切りだ。みんなを傷つけないためにも、理性をたもたないといけない」


 自分に言い聞かせ、俺は、ふぅ、と息をつく。


 よし、少し落ち着いてきた。


 とは言え、いま四人は水浴び中だ。ここで戻ると、先ほどの騒ぎが繰り返され、俺の理性は、またしても重大な損害をこうむるだろう。


 もう少し、森のなかで過ごすべきだ。


「今晩のレインボーサーペント討伐に向けて、森を調べておこう」


 そう決めて、俺はひとり頷く。


 ……パシャ


 そんな俺の耳に、水音が届いた。


 近くに川でもあるのか? それとも湖沼か?


 もし湖沼なら、そこからもレインボーサーペントが出現するはずだ。ここは確認しておくべきだろう。


 水音を頼りに森を進む。


 やがて、霧の先に水源が現れた。木々のなかにあったのは、湖沼ではなく泉だ。


 俺は硬直する。


 その泉で、ひとりの女性が水浴びをしていたからだ。


 きめの細かいナチュラルホワイトの肌。


 スレンダーな体付きだが、胸はかなり豊かで、お尻も丸みを帯びている。


 群青色ぐんじょういろの長髪は水に濡れてきらめき、犬耳と尻尾が、機嫌良さそうに揺れていた。


 彼女――エリスさんの裸体に、俺は目を奪われる。


 しばらくのあいだ立ち尽くし、俺はハッとした。


 見とれてどうする、俺! 不可抗力とは言え、完全にノゾキだぞ!!


 罪悪感と気まずさに襲われながら、俺は自分を叱咤しったする。


 これ以上眺めるのはエリスさんに失礼だ。それに、もしバレたら、どんな目にうかわからない。


 俺は息を殺し、音を立てないように後退あとずさり、


 パキッ


 お約束のように、木の枝を踏んでしまった。


 嘘だろ……っ!?


 あまりの不幸に、俺は愕然がくぜんとする。


 エリスさんの犬耳がピクッ! と反応し、素早い動きで、彼女がこちらを見た。


 俺とエリスさんの視線が交差する。エリスさんの、藍色の瞳が真ん丸になった。


 俺の背中をダラダラとイヤな汗が流れていく。エリスさんの体が徐々に赤く染まっていく。


 パクパクと口を開け閉めするエリスさんを前に、俺は天をあおいだ。


 ああ……やっぱり俺、女難じょなんそう持ちかも。


 俺がいろいろ諦めたとき、


「きゃあぁあああああああああああああああああああっ!!」


 エリスさんの悲鳴が木霊こだました。




     ○  ○  ○




「あの……ホント、すいません」

「なにを謝っているのかしら? あなたとあたしのあいだには、なにもなかった。そうでしょう?」

「え? いや……」

「そうでしょう?」

「そ、そうですね、エリスさんの言うとおりです」


 温度のないエリスさんの声に、俺はブルッと体を震わせる。要約ようやくすると『さっきのは忘れなさい』って意味だろう。


 ここはエリスさんに従っておくべきだ。じゃないと、次はきっと、ビンタじゃすまない。


 頬に紅葉もみじを貼りつけた俺は、コクコクとうなずく。


 背後で衣服を身につけているエリスさんから、「よろしい」と声が返ってきた。


「まったく……どうして、ここにあなたがいるのよ」

「みんなから逃げてきたんです」

「ケンカでもしたの?」

「いえ、水浴びに誘われまして」

「ラブコメ主人公か!」

「それで、森のなかを調べて時間を潰そうと思ったら、エリスさんが……」

「ラブコメ主人公か!」


 エリスさんから連続でツッコまれる。『ラブコメ主人公か!』ってフレーズ、地味に傷付くなあ。


「なに? あなたはラッキースケベの申し子なの? ラブコメの神から愛されているの?」

「むしろ呪われていると思うのですが……」


 不機嫌そうに皮肉ひにくるエリスさんに、俺は弱々しく返す。


 諦めたように、ハァ、と溜息をつき、「こっち向いていいわよ」と、エリスさんが声をかけてきた。


 振り返ると、衣服と装備を身につけたエリスさんが、ブスッとした顔で俺を指差す。


「言っておくけどね、シルバ? あたしはあなたの攻略対象じゃないの。ヒロイン枠なんかじゃないんだからね!」


 エリスさんが、腰に両手を当て、胸を張った。


「あたしは『主人公』なの! そこんとこ忘れないで!」


 エリスさんの物言いに、俺はキョトンとしてから、笑みを漏らしてしまう。


「なによ?」

「いえ、エリスさんらしくて」

「バカにしてる?」

「褒めてるんですよ。しっかりとした信念を持っているところ、ステキだと思います」

「なっ!?」


 エリスさんが口をわぐわぐさせた。


「あたしは攻略対象じゃないって言ってるでしょ!? この、ラブコメ主人公!!」

「いきなりの罵倒ばとう!?」


 わけもわかないまま怒鳴どなられて、俺は「ええっ!?」と驚く。


「ふんっ!」と鼻を鳴らし、エリスさんがそっぽを向いた。


 エリスさんの頬は、真っ赤になっていた。

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