課題のために森に入ったが、ハプニングしか起こらない。――2

「魚料理は下処理が命なんだ。血抜きをして、頭を落とし、エラと内臓を取り除く」

「「なるほどー」」


 ミアとピピが、感心したように頷く。


 ふたりの視線は、調理台で魚をさばく俺の手元に注がれていた。


「せっかくピピがとってきてくれたんだ。美味しくいただかないとね」

「楽しみですね、ピピさん♪」

「じゅるり」


 ミアの尻尾がフリフリと揺れる。


 ピピが、口端くちはしから垂れたヨダレを拭う。


 そんなふたりに、俺は苦笑した。


 ふたりは、すでに役目を果たしている。ピピは、五人でも満足できるほど、たくさんの魚をとってきてくれたし、ミアは薪を集め、火を起こしてくれた。


 あとは、クゥとシュシュの帰りを待つだけだ。


「ご主人さま、ただいまーっ」

「く、果物も、ハーブも、大きめの葉っぱも、ありました!」


 魚の下処理を終えたところで、クゥとシュシュが戻ってきた。


 クゥは両手に山盛りの果物を抱え、シュシュはハーブと葉っぱを手にしている。


「ふたりともありがとう、たくさん採れたね」

「「えへへへへー」」


 俺が褒めると、ふたりは頬をふにゃんとゆるめる。


 俺はふたりの頭を撫でようと手を伸ばし、


 ちょっと待った! 俺は魚を捌いたばかりじゃないか!


 ハタと気付き、慌てて引っ込める。


 生臭い手でふたりの頭を撫でるなんてできない。危ないところだった。


「ご主人さま?」

「あ、頭、なでなでして、くれないんですか?」


 クゥが犬耳と尻尾をへたらせ、シュシュが悲しげに、眉を『八』の字にする。


 シュンとするふたりに、俺はアセアセと弁明した。


「いや、俺、ついさっきまで魚を捌いていたからさ!」

「あ、あたしたち、気にしません、よ?」

「俺が気にするんだよ!」


 魚臭い手でふたりの頭を撫でるなんて、冒涜ぼうとくはなはだしい!


「じゃあ、代わりにこうする!」


 抱えていた果物を調理台に置いて、クゥがギュッと抱きついてきた。


 クゥのたわわな胸が、ムニュン、と俺の胸に押しつけられる。


 俺は「へぅっ!?」とマヌケな声を上げてしまった。


「ククククゥ!? いきなりどうしたの!?」


 狼狽ろうばいのあまり、俺は声をひっくり返す。


「ご主人さまがなでなでできないから、代わりにギュってして、ご主人さま成分を補充するの」

「ご主人さま成分!?」

「森のなかにいるあいだ、ご主人さまと触れ合えなかったんだもん。寂しかったんだもん」


 ちょっとだけねたように上目遣うわめづかいして、クゥが俺の首元に顔をよせ、クンカクンカと匂いを嗅ぎはじめた。


 俺はパクパクと口を開け閉めするほかない。


「あ、あたしも、成分、補充、です!」

「ピピも、する」

「仲間はずれはイヤですよ!」


 シュシュとピピとミアも、クゥに負けじと抱きついてくる。


 たちまちのうちに、俺は四人の美少女に取り囲まれてしまった。


 四人が、スリスリと頬ずりし、クンカクンカと匂いを嗅ぎ、ギュウギュウと体を押しつけてくる。


 バクバクと心臓がうるさい。いまにも爆発してしまいそうだ。


「みみみみんな、ちょっと離れようか!」

「「「「ヤだー(ヤですー)」」」」

「こういうときだけ強情だよね!」


 抗議しても聞いてくれないし、魚を捌いた手で四人に触れるわけにはいかないから、引き剥がすこともできない。


 顔が茹だったように熱い。頭がクラクラする。


 はたから見たら羨ましがられる状況下、俺はひたすらもだえ苦しんでいた。

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