事情も立場もいろいろあるが、彼女を救えないなら意味がない。――5

『ラウルも、女の子も、無事』

『ありがとう、ピピ。ふたりを安全な場所につれていってくれる?』

『ん。わかった』


 間に合ってよかった……。


 ピピに念話で指示をして、俺は安堵あんどの息をついた。


 ポッサについたとき、ラウルと女の子がデュラハンに襲われていて、キモを冷やした俺は、咄嗟とっさにピピにお願いして、『神速』スキルで助けてもらったんだ。


「我を追ってくるとは、身のほど知らずの愚か者だな」


 心なしか嘲笑ちょうしょうを含んだような声つきで、シュシュにまたがったデュラハンが、俺たちを見下ろしてくる。


 俺はデュラハンをキッとにらみ、ミスリルソードの切っ先を向けた。


「大切なひとを奪われて、黙っているほうが愚か者だよ」

「王国騎士団を壊滅させようとしたバカな女を迎えにくるなど、酔狂すいきょうな男だ」

「黙れ」


 デュラハンのあざけりに、どす黒い怒りが生まれる。


 ミスリルソードの柄をギリッと握りしめ、ドスの利いた声で告げた。


「俺は、優しいシュシュにこくな命令をしたお前を、絶対に許さない!」


 咆え、仲間たちに指示を出す。


「クゥ、ピピ!」

「『アイスニードル』!」

「『ウインドカッター』!」


 正面からクゥが氷槍ひょうそうを撃ち出し、ラウルと女の子を避難させ終えたピピが、側面から風の刃を放つ。


「よかろう! 我の前にひれ伏せ!」


 デュラハンが言い放つと同時、シュシュの体から紫色のオーラが立ち昇った。


 なんだ、あれは? シュシュのスキルか? だとしたら、どんな効果があるんだろう?


 警戒する俺に対し、デュラハン側は動かない。二方向から魔法が迫っているにもかかわらず、防御も回避もしなかった。


 いぶかしむ俺の前で、氷槍と風の刃が、デュラハンに直撃する――


 寸前。


 ユラ……


 やなぎのようなしなやかさで揺れ、デュラハンは氷槍と風の刃を、ギリギリでかわした。


 俺の怪訝が強まる。


 直前まで引きつけて最小限の動きで躱す。たしかに見事だけど、いま、それをする必要があったか?


「ククッ、さあ、食らうよい!」


 眉をひそめるなか、デュラハンが笑みとともに叫び、


「うぐっ!?」

「あぅっ!!」


 クゥとピピがうめき声を上げた。


 クゥがうずくまり、神獣形態のピピはよろめいて、人型に戻っていく。


「クゥ!? ピピ!?」


 突然ふたりが苦しみだし、俺は戸惑う。


 容赦ようしゃなく追撃が来た。


 シュシュの尻尾が、クゥに向けて振り下ろされる。


 クゥはうずくまったまま、動けないでいる。


「ミア!」

「お任せください!」


 急いでミアに頼み、クゥを助けてもらう。


 ミアがクゥを抱えて跳びすさった直後、シュシュの尻尾が叩きつけられ、石畳を粉々に砕いた。


 胸を撫で下ろしつつ、俺は全力でピピのもとへと駆ける。


 人型に戻ったピピが、いまだに落下を続けているからだ。


 そんなピピに放たれる、無数の水弾すいだん『アクアショット』。


 おそらくはシュシュの魔法だろう。一発一発が、砲弾並みの大きさだ。


『ツラいところゴメン! クゥ、「魔法無効」を頼む!』

『任、せて……っ』


 苦しそうに声をつっかえさせながらも、クゥが俺の要請に応え、『魔法無効』スキルを発動してくれた。


 大気の揺らぎが、ピピに向けられた水弾を、ひとつ残らずかき消す。


「ピピ!」


 地面に激突する寸前、ミスリルソードをさやに戻し、俺は腕を伸ばし、跳び込むようにして、落ちてきたピピを抱きとめる。


 なんとか間に合い、俺はホッと息をついた。

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