事情も立場もいろいろあるが、彼女を救えないなら意味がない。――4

 突如とつじょとして現れた魔公と神獣が、ポッサの広場で暴れ回っていた。


「こんなん太刀打ちできねぇよ、ラウル!」

「甘えんな! 弱音よわね吐いてるヒマがあったら、少しでも応戦しやがれ!」


 いまにも武器を放り捨てて逃げ出してしまいそうな冒険者仲間に、俺はげきを飛ばす。


 偉そうなことを言っといてなんだが、俺も逃げ出したい気分だった。


 魔公デュラハンの大剣が、立ちならぶ屋台を、紙を裂くように、まとめて両断する。


 神獣レヴィアタンの尻尾が、レンガ造りの建造物を、焼き菓子を砕くみたいに、なぎ倒していく。


 住民を避難させるため、冒険者たちが総出そうでで時間稼ぎをしているが、まるで焼け石に水だ。


 圧倒的蹂躙じゅうりん


 悪夢ってのは、こういう光景のことを指すんだろう。


「ラウル、なに意地張ってんだよ! お前だって命が惜しいだろ? 逃げようぜ!」


 冒険者仲間が、俺を説得しにかかる。


 その言葉は、まさに甘言かんげんそのもの。俺のなかの臆病者が引きずり出され、誘惑に負けてしまえと訴えてくる。


 実際、俺は、体の震えを抑えられないくらいビビっていた。


「逃げねぇ!!」


 それでも俺はあらがう。


 冒険者仲間が、狂人を見るような目を俺に向ける。


「なんでだよ、ラウル!?」

なら、逃げねぇからだ!!」


「あのひと?」と冒険者仲間が怪訝けげんそうに顔をしかめたとき、俺の視界に、ひとりの女児が映った。


 逃げ遅れたとおぼしき女児は、瓦礫がれきつまずいて転んでしまう。


 涙目になる女児。


 その女児目がけ、大剣を構えたデュラハンが迫る。


 気付いたときには、俺は地面を蹴っていた。


 ショートスピアとバックラーを放り捨て、全力で走り、女児を抱きしめる。


 デュラハンの大剣からかばうため、女児に覆い被さるようにして、俺はうずくまった。


「ほう。なかなか気概きがいのある男がいたものだ」


 背後で、デュラハンが感心したように呟く。


 大剣が風を裂く音が聞こえた。


 数秒も経たずして、俺の頭と胴体は別れを告げるだろう。


 それでも俺は動いたんだ! この子を助けるために跳び出したんだ! あの世に行ったら自慢してやる!


 死が迫るなか、俺は無理矢理笑ってみせた。




 なあ、シルバさん? 俺、少しでもあなたに近づけたかな?




 俺の体に衝撃が走る。


 しかし、痛みは全くなかった。少なくとも、大剣に斬られた衝撃ではない。


 おそるおそる、固くつむっていた目を開けると、ポッサの街並みが眼下に広がっていた。


 なにが起きたのかわからず、俺は目を白黒させる。


 バサッ


 頭上から、翼をはためかせる音がして、俺はバッと顔を上げた。


「神獣スィームルグ……」


 そこにいたのは、青空色の巨大なおおとり


 どうやら俺は、このスィームルグにつかまれ、空を飛んでいるらしい。


 助けてくれた……のか?


 呆然としながら、俺は腕のなかの女児に視線を下ろす。


 女児は気を失っていたが、目立った外傷はない。


 胸を撫で下ろし、俺はポッサの広場に目をやる。


 そこに、いた。


 犬人族の少女と、猫人族の少女を両脇に従え、ミスリルソードを構える、ひとりの少年が。


 涙で視界がにじむ。


「ああ……」


 俺の口から感嘆かんたんの息が漏れた。




「やっぱり、カッケェなあ……シルバさん」

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