俺は王国騎士になれなかったが、協力要請がきたらしい。――7

 訓練場のタイルを踏みしめ、俺はフリードと対峙たいじしていた。

 彼我ひがの距離は五〇メートルといったところだろうか。


「逃げなかったことだけは褒めてやろう」


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった様子で木剣ぼっけんを肩にかつぎ、フリードがニヤニヤと笑う。


「勇気と無謀を履き違えた愚か者にしては上出来だ」


 俺は木剣を構えながらフリードを見据みすえた。


 意識して気を引き締めないと、すくんでしまいそうだ。


 向かい合っているだけで汗が頬を伝う。

 心臓が頭のなかで鳴っているようにうるさい。

 早くも呼吸が乱れている。


 途方もない緊張と恐怖が、俺に襲いかかっていた。


「さて、さっさと終わらせるか。覚悟はいいな?」

「もちろんだ、いつはじめても構わない」


 気を抜くと震えてしまいそうな声で、俺はなんとか答える。


「いいだろう。そこで見守っているお仲間に、無様ぶざまな姿をさらすといい!」


 訓練場の端で祈るように手を合わせている三人を見やり、ニタリ、とフリードが口端くちはし嗜虐的しぎゃくてきに歪めた。


 フリードが半身になり、木剣を下段に構える。


 フリードの構えに、俺は目を見開いた。


 あれは『ゲイルリープ』の構え! 一撃で終わらせるつもりか!


『魔剣技』とは、魔法と『闘技』を融合させた技だ。


『闘技』スキルの上位版である『魔剣技』は、あらゆる点で『闘技』より優れている。


 いまフリードが用いようとしているゲイルリープは、言うなれば、攻撃判定のついた『縮地しゅくち』。超速で突進し、風の刃で相手を斬り刻む魔剣技だ。


 発動すれば、回避することはまず不可能。文字通り、俺は一撃必殺されるだろう。


 諦観ていかんを抱きつつも、俺は木剣のつかを握りしめ、歯を食いしばった。


 ただで倒れてやるものか! あらがってやる! 意地を見せてやる! 一太刀でも浴びせてやる!


「食らえ、最底辺!」


 フリードがゲイルリープを発動させる。


 刹那せつな、フリードが超速の世界に足を踏みいれた。


 もはや俺の目で、フリードの姿を捉えることはできない――はずだった。


 俺は自分の目に映る光景に眉をひそめる。


 あれがゲイルリープ? たしかに速いけど、


 いぶかしみつつも俺は推測する。


 そうか、フリードは手を抜いているんだ。あれだけ俺をバカにしていたフリードのことだ、本気を出すまでもないっていう意思表示なんだろう。


 自分の推測に納得し、俺は右に跳んでゲイルリープを回避した。


 俺の脇をフリードが駆け抜けていく。


 振りかえると、ゲイルリープを終えたフリードが、残心の姿勢をとっていた。


 俺は油断なく木剣を構える。


 フリードはゆっくりとこちらを見やりながら、「ふん」と鼻で笑った。


サイドステップで回避できたか! どうやら運だけはいいようだ。臆病が幸いしたなあ、最底辺!」


 フリードが俺をさげすむ。


 しかし、蔑まれた俺が感じたのは、怒りではなく不可解だった。


 なにを言ってるんだ? 俺がサイドステップを踏んだのは偶然なんかじゃない。


「だが、まぐれは二度も続かんぞ!」


 疑問を覚える俺の前で、フリードが中段に木剣を構える。


 瞬間、フリードの姿が無数にブレた。


 ブレはフリードの分身となり、俺目がけて一斉いっせいに襲いかかってくる。


 魔剣技『ミラージュストリーム』。一時的に生み出した分身とともに、連続攻撃を仕掛ける大技だ。


「ご主人さま!」

「シルバさま!」

「パパ!」


 戦いを見守る三人が悲鳴を上げる。


 そんななか、やはり俺は戸惑っていた。


 みんな、どうしてそんなに慌てているんだ? 


 四方八方から迫るフリードの木剣を、俺は見切り、さばき、かわしていく。


 いつになったらフリードは本気になるんだ? この程度の攻めでは俺に勝てないことくらい、とっくにわかっているはずなんだけど……


 怪訝けげんに思いながら分身の攻撃をいなしていくと、それまでふてぶてしかったフリードの目付きが、次第に険しくなっていった。


 一太刀ひとたち回避するたびに、眉がつり上がり、頬がヒクつき、口元が歪み、顔が真っ赤になっていく。


 三体同時に放たれた斬り下ろしをまとめて防ぐと、真ん中のフリードを残して分身が消えた。どうやらミラージュストリームをしのぎきったようだ。


 とは言っても、気を抜くのは論外だ。ここまでは、あくまで小手調べってとこだろう。ここからが本番だ。


 気を引き締め直す俺の眼前で、フリードが奥歯をきしらせた。


「貴様、なにをした……?」

「は?」

「どんな細工をしたのかといている!!」


 フリードは、怒りと焦りに染まった形相ぎょうそうをしていた。


 目を血走らせ、汗まみれになりながら、フリードが木剣を振り回す。


「なぜ、俺のミラージュストリームが凌がれた!? 貴様のような最底辺に捌ききれるはずがないだろうがぁああああああああああああっ!!」


 つばをまき散らしながら、フリードがまくし立てる。その顔付きに、開戦前の余裕は微塵もなかった。


 フリードの児戯じみた乱撃を、体さばきのみでやり過ごしつつ、俺は思う。


 もしかして、フリードは最初から本気だったのか? ゲイルリープもミラージュストリームも、小手調べなんかじゃなくて全力で放っていたのか?


 だったら、どうして俺は凌ぎきれたんだ? どうして、王国騎士団の隊長の振るう剣が、


 そこで俺は、はたと気付いた。


 俺が強くなったから? ドッペルゲンガーとの戦いを経て、成長したから?


 ドッペルゲンガーは魔公。Sランクのモンスターである魔人すら凌駕りょうがする存在だ。


 当然ながら、倒した際に得られる経験値は莫大ばくだい。俺は、その莫大な経験値を獲得している。


 つまり――


 俺の実力は、すでにSランク冒険者を超えているんじゃないか? だから、フリードの本気を手抜きだと勘違いしたんじゃないか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る