俺は大したやつじゃないが、それでも誰かを助けたい。――9

「存外にしぶてぇなあ……褒めてやるよ」


 ドッペルゲンガーが忌ま忌ましげに舌打ちして、悪辣あくらつそうな笑みを浮かべた。


「お前らのヒーローとやらをぶち殺せば、心も折れるだろうがなあ!!」


 ドッペルゲンガーの影が伸び、一直線に俺を襲う。


 それはまるで黒い光線。まともな反応すら許さない、超速の刺突。


 影の槍が目の前に迫っても、俺は一歩も動けなかった。


「ご主人さま!」

「シルバさま!」

「パパ!」


 三人が悲鳴を上げるなか、俺は歯を食いしばる。


 負けるか! 負けてたまるか! 絶対に勝つんだ!


 俺は、みんなと一緒に、ドッペルゲンガーに、勝つ!!


 決意した瞬間、俺の視界に変化が起きた。


 まるでカメラが切り替わったかのように、『影の槍に貫かれようとしている俺の映像』が、


 しかも、その映像が異様いように遅い。目にも留まらぬ速度だった、影の槍が、いまはスローモーションに映る。


 驚きに瞠目どうもくしながら、俺は頭を傾ける。


 影の槍が、俺の頬を掠めていった。


「あ?」


 影の槍を回避されたドッペルゲンガーが、怪訝そうに眉をひそめる。


「『アイスニードル』!」

「ちっ! まだ足掻あがきやがるか!」


 クゥが反撃の氷槍を放ち、ドッペルゲンガーが苛立たしげにバックステップを踏んだ。


「大丈夫ですか、シルバさま!」

「あ、ああ。問題ないよ」


 心配するミアに答えながらも、俺はいまだに戸惑っていた。


 


 ドッペルゲンガーが映った画面がふたつ。ミアが映った画面がひとつ。そして、俺が映った画面がひとつ。


 たとえるならば、マルチディスプレイだ。


 もしかして、これらはみんなが見ている光景なのか? 


 クゥとピピがドッペルゲンガーを、俺がミアを、そして、ミアが俺を見ているのだから、そう考えるのが自然だ。


 ふと俺は、左手の紋章に目をやった。


『使役』スキルの紋章が、輝きを放っている。


 そうか、これは『使役』スキルのレベルアップだ。


 状況から察するに、新しく『感覚同期かんかくどうき』能力が発現したのだろう。


 先ほど、影の槍がスローモーションに映ったのは、おそらくピピの視界と同期したからだ。


 ピピは『神速』で動き回るのだから、動体視力がずば抜けていても不思議じゃない。


 ピピの視界と同期したから、俺は影の槍を捉え、回避することに成功したんだ。


 万事休ばんじきゅうすの状況で、新しく発現した『感覚同期』は突破口になり得る。


 この能力を踏まえて、俺たちに打てる手はないだろうか?


『……みんな、キツイと思うけど、もうちょっとだけ頑張ってくれないか?』


 思案し、逆転までの道筋を組み立てた俺は、念話で三人に尋ねた。


『もちろん! 絶対負けないもん!』

『どれだけ傷付こうと、シルバさまのためならばいくらでも戦えます!』

『ん。勝つ!』

『ありがとう。それじゃあ、まずミアが――』


 作戦を伝え終え、俺は号令をかける。


『さあ、もう一踏ん張りいこう!』

『『『おう!』』』


 三人から気合いの入った返事がくる。


 ミアが神獣形態となって駆けだし、ピピもまた、神獣形態になって飛び立った。

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