俺は大したやつじゃないが、それでも誰かを助けたい。――6

「お前ら、ガルムとケルベロスをったやつらだな?」


 地上に降り立った俺たちに、口端くちはしをつり上げたドッペルゲンガーが話しかけてきた。


「神獣を使役する人族ってのははじめて見たんで、面白いやつだとは思っていたんだがな。殺さないとならねぇのが残念だ」


 俺は、キッ、とドッペルゲンガーを睨む。


「殺されてたまるか。お前は妖精たちを陵辱りょうじょくしようとしたんだ、絶対に許さない。俺たちが倒してみせる」

「いいねぇ、いいねぇ、威勢のいいやつは大好きだ」


 ドッペルゲンガーのいやらしい笑みがますます深くなった。


「なにしろ、そういうやつに絶望を突きつけてやると、最っっっっ高に無様ぶざまな顔を見せてくれるからなあ」


 ドッペルゲンガーが俺たちを指差す。


「予言してやろう。


 ドッペルゲンガーの宣言を受け、俺の鼓動が速まった。


 口のなかがカラカラに乾いている。いまにも過呼吸を起こしそうだ。


 恐怖と重圧に押し潰されそうになりながら、それでも俺は咆えた。


「やれるもんならやってみろ!」


 俺はクゥに指示を出す。


「クゥ! 頼む!」

「『アイスニードル』!」


 氷槍による先制攻撃をドッペルゲンガーにかます。


 無数の氷槍の標的にされても、ドッペルゲンガーに焦りはなく、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった表情だった。


「相手が神獣ってのは都合がいいぜ。


 ドッペルゲンガーの影が蠢き、触手となる。


 影の触手がドッペルゲンガーに巻き付いたかと思うと、その体躯が膨張し、おおとりのかたちに変容していった。


 ドッペルゲンガーが変容した鳳は、スィームルグ――ピピと瓜二つだ。


 俺は瞠目どうもくする。


「ドッペルゲンガーが、ピピになった!?」

「『変身へんしん』スキルだよ」


 動揺する俺を、ドッペルゲンガーがせせら笑う。


「スキルがお前らだけの特権だと思ったか? たとえモンスターでも、上位種はスキルを保有しているんだよ」


 スィームルグに化けたドッペルゲンガーが、両翼を広げる。


「お前らの力は、ガルムやケルベロスとの戦いを通して把握しているからな。早速さっそく使わせてもらうぜ?」


 刹那せつな、その姿がかき消えた。


 あれは『神速』スキル!? ドッペルゲンガーは、『変身』した相手のスキルをコピーできるのか!?


 驚愕の事実に俺は息をのんだ。


 だとしたらマズい! 『神速』で襲われたら、回避なんてできっこない!


 俺が顔を強張こわばらせたとき、目の前におびただしい数の槍が突き出た。


「シルバさまには指一本触れさせません!」


 ミアの『武具創造』スキルだ。


 ミアが生み出した無数の槍は、俺たちを取り囲むような配置になっている。まるで槍の城壁だ。


「やるじゃねぇか! そう来なくちゃよお!」


 槍の城壁にはばまれてなお、ドッペルゲンガーは楽しげな声を上げた。


 ドッペルゲンガーが天空へと舞いあがる。


 頭上から襲撃するつもりなのだろう。上空からの攻撃は、槍の城壁では防げない。


「させない」


 対し、神獣形態のピピが、『神速』スキルを用いて飛翔した。


 青い閃光と化したピピが、ドッペルゲンガーに迫る。

 さながら光の如き突進チャージ


「おっと」


 かわせるはずのない速度の突進だったが、ドッペルゲンガーはいとも容易たやすく回避した。


 いまのドッペルゲンガーは、ピピと同じく『神速』スキルの保有者だ。捉えることは容易よういじゃない。


 だが、そんなことは百も承知だ。


「クゥ!」

「『アイスブロック』!」


 ドッペルゲンガーが回避した先に、クゥが作り上げた氷塊が落ちてくる。


『ピピ、挟み撃ちだ!』

「『ウインドカッター』!」


 さらに俺は、『意思疎通』でピピに指示を送る。


 ドッペルゲンガーの逃げ道を塞ぐようにして、ピピが風の刃を放った。


 いくら『神速』スキルを持っていようとも、四方八方から攻撃されたら避けきれないだろう。


「甘いな。俺が『変身』できるのが一体だけだと思ったか?」


 それでもドッペルゲンガーは狼狽うろたえなかった。


 スィームルグに化けていたドッペルゲンガーの体が包帯のようにほどけ、人型に戻っていく。


 直後、再び影の触手がドッペルゲンガーに巻き付き、その姿を漆黒の巨狼へと変えた。


「今度はクゥに化けたのか!」

「ああ、そうさ。ケルベロスとの戦いで、お前らはに助けられていたよなあ」


 フェンリルと化したドッペルゲンガーが咆哮し、周りの大気が揺らいだ。『魔法無効』スキルの波動だ。


 全方位に放たれた波動が、氷塊も風の刃も、まとめて消滅させる。


 花畑に降り立ったドッペルゲンガーが、口端くちはしをニヤリと歪めた。


「どうだ? いつもは敵に振るっている力に、逆に牙をかれる気分は」

「くっ!」


 俺は思わず顔をしかめた。

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