俺はFランク冒険者だが、ツレはSランクどころじゃない。――5

 冒険者ギルドをあとにした俺とクゥは、宿泊先を探し、大通りから一本外れた道にある宿に泊まることにした。


 宿泊費を払った俺たちは、テーブルとベッドがひとつずつあるだけの簡素な部屋にいた。


 ちなみに、クゥとはハーギスにつく前から一緒の部屋で泊まっている。


 最初は流石さすがに抵抗があり、


「クゥは女の子なんだから、男の俺と一緒の部屋ってのは気まずくない?」


 と、やんわりと別室を勧めたのだが、


「ご主人さまはイヤなの?」


 と、泣きそうな顔をされて断れなくなり、別室にする機会を失ったままいまに至る。


 俺とクゥはテーブルで向かい合い、一日を振りかえっていた。


「やったね、ご主人さま! 初日に昇格ってスゴいことなんでしょ?」

「そうだね。ここまで大きな成果を出せたのはクゥのおかげだよ」


 ニコニコ顔のクゥに、俺は感謝を述べる。


 今回の昇格は、クゥなしではあり得なかった。『経験値取得』によって俺も成長できたし、まさにクゥ様々さまさまだ。


「そんなことないよ! ボクはご主人さまのお手伝いをしただけ。ご主人さまが頑張ってたから、ボクも応えただけだよ」

「いや。そもそも、俺が頑張ろうって思えたのは、クゥがいてくれたからなんだ」


 両手を振りながら謙遜けんそんするクゥに、俺はゆっくりと首を振って本心を伝える。


「クゥと再会したあの日、俺は人生を諦めていた。オーガに殺されたほうがマシだって思っていたんだ。そんな俺が冒険者になろうと決意できたのは、クゥが助けてくれたから。クゥが俺のために泣いてくれたからだよ」


 きっとあの日の出来事を、俺は生涯しょうがい忘れないだろう。

 クゥが認めてくれたから、いまの俺があるんだ。


「クゥがいなかったら、俺は絶望したまま死んでいた。クゥと再会できて、俺は本当に嬉しいんだ」


 クゥの顔が桃色に染まった。


「そう、かな? ボク、ご主人さまのお役に立ててる?」

「もちろん! いくらお礼を言っても足りないよ」


 俺が微笑みながら首肯しゅこうすると、クゥは「ニヘヘー」と頬をゆるませる。


「ご主人さまが喜んでくれるなら、スッゴくスッゴく嬉しいな♪」

「ああ、俺もスッゴく嬉しいぞ! クゥにお返しをしたいくらいだ」

「ホント!?」


 クゥがぱあっと顔を輝かせ、身を乗り出してくる。貫頭衣かんとういから覗く尻尾が、ブンブンと喜びを表していた。


「じゃあね? じゃあね? ご褒美ほうびをもらってもいい?」

「ああ、いいぞ? クゥが望むことならなんでもしてあげよう」


 上機嫌に答えると、クゥが「やったー♪」と万歳ばんざいする。

 親になつく幼子みたいに素直な反応に、俺の頬もゆるんだ。


「じゃあ……えいっ」


 なんの前触まえぶれもなく、クゥが貫頭衣をスポーンと脱ぎ捨てた。


 突然のストリップに、俺は浮かべていた笑顔を崩し、「ぶふっ!?」と吹き出してしまう。


 貫頭衣を脱ぎ捨てた勢いで、両胸の大玉果実が、ユサッと豪快に揺れた。


「ななななにをしているんだ、クゥ!?」

「服を脱いだんだよ?」

「なぜ不思議そうに首をかしげる!?」

「だって、見ればわかることをご主人さまがくから」

「俺は質問してるんじゃなくて注意してるんだよ! 女の子が、男の前で恥ずかしい格好をするんじゃありません!」

「ご主人さまになら、ボク、どんな格好を見られても平気だよ?」

「俺が気にするんだよ! 男ってのはそういう生き物なんだよ!」


 前世でも現世でもおがんだことのない、女子の下着姿をたりにして、俺はパニック寸前だった。


 クゥが身につけている白い下着は、上下ともにリボンのアクセントが加えられた、可愛らしいものだった。無垢むく可憐かれんな、クゥの性格を体現しているかのようだ。


 しかし、豊満すぎるクゥの乳房はいまだにユンユンと揺れており、子どもっぽい性格とのギャップで、俺の頭は沸騰しそうになる。


「とにかく服を着なさい!」

「でも、まだ、ご褒美をもらってないよ?」

「ふ、服を脱いだこととご褒美は、なにか関係があるのか?」


 クゥがシュン、と耳を伏せたので、俺はそれ以上強く注意できず、視線をらしながら尋ねた。


 クゥがコクコクとうなずく。そのたびに胸がタプンタプンと揺れるから、できればやめてほしい。


「前世でしてくれたみたいに、お腹をなでなでしてほしいの」


 クゥが胸元で両手を握りながら、ズイッと顔を近づけてくる。

 急接近する美貌びぼうにドギマギしながら、俺は思いをせた。


 そういえば、犬だった頃のクゥは、なにかにつけて俺にお腹を見せてきたなあ。


 ワシワシと撫でてあげると、とても心地よさそうに目を細めていたけれど、どうやらクゥはそれがお気に入りだったらしい。


「け、けどね、クゥ? いまのきみは、神獣で犬人族なわけでして……」

「神獣で犬人族だと、どうしてダメなの?」


 小首をかしげるクゥに、俺は言葉を詰まらせた。


 ――どうしても、クゥを女の子として意識しちゃうからだよ。


 そんな本音は間違ってもぶっちゃけられない。


 どう説明したものかと悩みながら、「あー」とか「えっと」とか言葉を探していると、クゥは悲しげに耳を伏せ、尻尾を力なく垂れさせた。


「ボクが神獣だとダメなの? 犬人族だとダメなの? それじゃあ、これからずっと、ご主人さまはお腹をなでなでしてくれないの?」


 ガーネットの瞳がウルウルと潤んできて、俺は内心で「うぐっ」とうめいた。


 ヒックヒックとしゃくり上げるクゥを、俺は慌ててなだめる。


「ダ、ダメってことはないんだ! ただ、いまのクゥにれるのはためらわれると言いますか……」

「ご、ご主人さまは、ボクに触るのがイヤなの?」

「うわあぁああああっ! 説得してるだけなのに、どんどんドツボにハマっていくぅううううううううっ!!」


 かせようと努力するも、俺の話を曲解きょっかいしてしまい、クゥがますます悲しそうな顔をする。


 俺の意思とは裏腹に、説明すればするほど状況が悪化していく。なんだこれ? 蟻地獄ありじごくにでも落ちてるの?


 涙をいっぱいに溜めるクゥを見て、俺はガシガシと頭をいた。


「わ、わかった! お腹撫でてあげるから! 俺はクゥのこと嫌いじゃないから、泣かないでくれ!」


 やけくそ気味に言うと、クゥはおそるおそるといった様子で俺をうかがう。


「ホント? ご主人さま、お腹なでなでしてくれる?」

「ああ! いくらでもやってあげるから!」

「ボク、ご主人さまに嫌われてない?」

「むしろ、俺はクゥが大好きだよ!」


 俺の答えを聞いたクゥが目を丸くした。

 いまにも泣きだしそうだった顔に、安心したような笑みが浮かぶ。


「エヘヘヘヘ……ボクもご主人さまが大好き」


 俺を信頼しきった表情に、ドキンッ! と鼓動が跳ねた。

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