第98話 サラ工房 その1
皆でダンジョンに潜った翌日からエイラートには雪が降る日が多くなり、本格的な冬の季節が始まっていた。気温もぐっと下がってきて人々はあまり外に出ずに家で過ごす様になり、昼間でも人通りが少なくなってきた。そんな商業区の大通りをローブを身につけた2人組がゆっくりと歩いている。
その日も曇天の空から今にも雪が降ってきそうな中、グレイとリズはギルドの扉を開けて中に入っていく。ギルドの中も閑散としていて受付嬢が手持ち無沙汰にしていた。午後のこの早い時間は丁度エアポケットの様に一瞬人がいなくなるタイミングだ。
「あったかいね」
「生き返るよ」
暖房の効いているギルドに入ってそんな会話を交わしながら2人はカウンター横のクエスト掲示板を覗き込む。
「なんだ?クエストを探してるのか?」
振り返ると書類を手に持っているギルマスが受付カウンターに立っていた。
書類を受付に持って来た所でグレイとリズを見つけた様だ。
「探しているというか、冒険者が長期間手をつけてないクエストがあれば年を越す前にグレイと2人でそれを処理しようかと思って来たの」
リズがギルマスに言うと、書類を受付嬢に渡したギルマスがカウンターを回ってクエスト掲示板、グレイとリズの近くに歩いてきた。そうして掲示板を見て、
「大抵のクエストは溜めずに処理してるんだがな」
ギルドによっては貼られたあとは全くフォローしないところもあるが、ここエイラートではギルマスの指導で大抵のクエストは放置せずに処理する様に指導している。
掲示板に貼られていたクエスト表を見ていたギルマス、1枚の用紙を掲示板から取ると、
「これだ。これだけがずっと残ってる。1ヶ月前に依頼があったやつだ」
そうしてその用紙をグレイとリズに見せる。用紙を見たグレイは、
「なるほど。このクエストを進んでする奴はいないだろう。依頼内容に比べて報酬が安すぎる」
リズもグレイの横から用紙を覗き込むと、
「本当ね。難易度が高い依頼の割に報酬が安いわ」
2人とギルマスが見ている用紙には、
依頼内容 埋れ木の採取(状態の良いものに限る)
報酬 状態の良い埋れ木1本につき金貨1枚
そして依頼者の名前の欄を見ると
依頼者 サラ
埋れ木とは沼地にある倒木で、かなり昔に倒れた木が沼地などである特殊な条件の下で腐敗せずに残っている木のことだ。この木は魔道士系ジョブの杖としては最高級の材料として夙に有名であるが、場所が沼地であることと、しかも過去からの採取で大概の沼地の埋れ木はすでに収集され尽くされており、残っている沼地は人がいない辺鄙な場所の沼ばかりとなり、辺鄙な場所すなわち高ランクの魔獣が闊歩しているエリアとなっている。
グレイはクエスト依頼表を手荷物と受付嬢に、
「この依頼人はどこに住んでるんだ?」
受付嬢かから場所を聞き、その場所を書いた地図を貰ったグレイ、
「お前さん達、このクエストを受けるのかい?」
ギルマスの問いには、
「まず依頼者に会ってみる。何か理由があるのかもしれないしな。やるかやらないかは依頼者に会ってからだ」
「わかった」
ギルドを出ると聞いた場所に向かって通りを歩く2人。
「埋れ木に金貨1枚か、何か事情がありそうね」
「だろう? 普通の冒険者ならまず受けないだろうけどさ。事情が理解できるものなら受けてもいいかなと思って」
「そうだね。困ってるからクエスト依頼したんでしょうしね」
2人は大通りから細い脇道に入ると、その中を進み、そうして細い道の突き当たりを右に曲がったところで1つの看板を見つけた。
『杖、ワンド作成 サラ工房』
(注:ワンドとは短い杖の事で、杖の長さが約100-160センチであるのに対してワンドは40ー50センチ程度。片手剣武器の様に腰に挟んで持てることから杖の代わりにワンドを使用する後衛ジョブもそれなりにいる。ちなみにグレイ、リズ、ケリーの3人は昔から杖派だ)
「エイラートに結構いるけどこの店は初めて」
「俺もだ」
店の前で看板をもう一度見てから2人はドアを開ける。ドアにつけてある鈴が綺麗な音をたてると奥から女性が1人出てきた。年齢はよくわからないが40歳より下ということはなさそうな雰囲気だ。
「おやおや、これは大賢者と聖僧侶じゃないの、こんな店にどうしたんだい?」
グレイとリズは有名なので2人は知らなくとも相手は知っていることが多い。話しかけられたグレイは、
「あんたがギルドに依頼したクエストの件で話を聞こうと思ってさ。それにしてもエイラートにこんな店があるなんて初めて知ったよ」
店の中にはいろんな杖、ワンドが綺麗に並べてある。グレイとリズが見てもなかなかの品物もあり、
「良い品物ばかり」
リズが陳列されている杖を見て感心して言うと、
「流石にランクSの2人。強いだけじゃなく物を見る目があるね。2人が持ってるその杖もそんじょそこらじゃ手に入らない業物だね」
そう言うと店の中にあるテーブルを勧め、お茶を用意するサラ。勧められるままに座ると、
「さてとクエストの件だろう? ふふふ、報酬が安いから誰も受けてくれんわい。まぁ予想通りと言えば予想通りだけどね」
そう言ってお茶を飲むサラ。
「あの依頼を見た時に不自然さを感じたんだよ。埋れ木の価値は冒険者なら大抵の奴は知っている。何かのついでで見つけてギルドに持ち込んだら最低でも金貨5枚は貰えるはずだ。そんな中報酬がたった金貨1枚のクエスト。普通なら誰もやらない。出す方も相場を知っていてそのクエストをギルドに依頼している。何か裏があるんじゃないかと思ってさ」
グレイの話を聞いていたサラはお茶を入れていたコップをテーブルに戻すと、
「流石に大賢者グレイ。その通りあのクエストには裏があるんだよ」
そう言ってサラが話しだした。
「私は見ての通りの工房を経営してる。経営と言っても1人だがね。経営者兼職人ってとこさ。普段はこの街の木工ギルドから材料を仕入れて杖やワンドを作ってるんだがね、最近ちょっと会得した技術があってさ、それを使って埋れ木から杖かワンドを作ろうと思ったんだが木工ギルドに全く埋れ木の在庫がないのさ。全部売り切れちまってね」
職人だといったサラ。お茶を飲んでいるその手を見ると確かにノミだこが指にできている。年季の入ってる職人だとグレイがその手を見ているとその視線に気づいたサラが、
「もう20年以上やってるからね」
とだけ言うと、話を続け始めた。
「グレイもリズもランクアップして大賢者、聖僧侶になったんだろう?職人の世界も同じでね、ランクアップという言い方はしないもののある日全く新しい技術、スキルと言ってもいいか、それを会得することがあるのさ」
職人にもスキルアップ的なものがあると初めて聞いたグレイとリズ。
「新しい技術の内容は今ここじゃ言えないけど、杖かワンドを作れば間違いなくその新しい技術を製品に込められる。私が会得した新しい技術を使って作る最初の製品は最高の材料を使って作ってみたい。そう思ったのさ」
「でも、それだったら金貨1枚じゃなくてもよかったんじゃ?」
リズ。
「金貨6枚以上と書けば誰かがすぐにやってくれただろう。そうじゃないんだよ。
一見誰もやりたがらない依頼にして、それでもやってくれる冒険者。損得抜きで依頼をこなそうとする冒険者。そういう冒険者の為に新しい技術を込めた製品を作ってみたいと思ったのさ。まさかグレイとリズがここにやってくるとまでは流石の私も思わなかったけどね」
「なるほど。それで金貨1枚か」
目の前のサラという職人。職人気質と言えばそうなるが、彼女なりの基準でクエストを受ける冒険者をふるいにかけていたのだ。
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