第95話 冬を控えて
エイラートに今年の初雪が降った。
「また寒い冬がやってくるのね」
自宅のリビングから窓の近くに立ち、窓越しに降り始めた雪を見ながらリズが呟く。
「リズは寒いエイラートは嫌かい?」
ソファに座っているグレイが言うとそちらを振り返り、
「ううん、嫌じゃない。むしろ四季のメリハリがしっかりしているからエイラートの街は好きよ」
グレイはソファから立ち上がり、窓の近くに立ってるリズに並んで立つと片手をリズの肩に回して抱き寄せながら外を見て、
「俺もエイラートが好きだ。街も人もな。王都ほど大都会じゃないのも気に入ってる。この場所をスローライフの場所に選んでよかったと今でも思ってるよ」
「そうね。のんびり過ごすには本当にいい街ね」
そう言ってリズはグレイに寄りかかりしばらく窓の外に降る雪をふたり無言で見ていた。
グレイとリズがいい街だと言うエイラートに住んでいる辺境領の領主のエニス。領主は冬が近づくと仕事が増える。雪かきの手配、冬の間の食糧、医療品の確保など住民の生活を守るために準備することが多い。
元勇者のエニスはそういう仕事をうまくギルドに振っていて、各ギルドとは連携を取りながら準備を進めていた。
ギルドにしても領主からのクエストということで支払いが保証されているので積極的に協力をしておりエニスが領主になって以来領主と各ギルドとの関係は以前よりもずっと友好的なものになっている。
官僚との打ち合わせを終えたエニス、執務室に戻ると領主補佐をしている官僚とマリアを前にして、
「これで大体終わったかな?」
「そうですね。まず大丈夫でしょう」
エニスをサポートしている領主補佐の官僚の名前はキーン。フランクリン家に長く仕えていた優秀な官僚だ。エニスがエイラートに移動した来た時から彼の腹心としてエニスに仕えて領主の仕事をサポートし、時には教えてきた。
「それにしても疲れるね」
椅子に座ってぐったりした格好のエニスを見て、
「領主が暇だとロクな事がないですからね。お忙しい位でちょうどいい」
「そう言うものだとは頭ではわかってるんだけどね」
「エニスは良くやってるわよ。全て自分でやろうとせずに上手く周囲を使ってる。この街のいろんなギルドとの関係も悪くないし」
マリアが言うとキーンもその後を続け、
「奥様のおっしゃる通りです。全てを抱え込むと身体が持ちません。周囲を信頼して仕事を任せる今のスタイルでよろしいかと」
「2人にそう言って貰えて少し気が楽になったよ」
そう言うと椅子に座り直してキーンを見て、
「ところでスラムの再開発はどんな感じ?予定通りに進んでる?」
冬を迎えるあたりエニスが心配しているのがスラム街に住む住民の冬場の住居だ。厳しくて長い冬を粗末な家で過ごさせたくないと秋から仮住居の建設を指示していたエニス。
「はい。開発自体は順調です。既に一部取り壊しも終わりそこに学校と教会、公園を造る作業に入っております。まぁ、この冬で一時中断となりますが。そして住民ですが仮住居としてアパートを建設済みですので凍死する様な事態にはならないかと」
「なるほど。じゃあ大丈夫だね」
エニスは既にスラムの住人に市民権を与えていたので、彼らの生活は以前よりずっと安定し、ギルドやエイラートの市内の会社や店に就職して安定した収入を得られる様になっていた。そしてそれに伴ってエイラート全体の治安も急速に良化している。
エイラートのスラム街の再開発はアル・アイン王国内でも話題となっており、その成り行きについては多くの貴族や領主が注目しているが今のところは順調に進んでいる。これをモデルケースとしてスラムの再開発が上手くいくと他の貴族の街のスラムも再開発しようとする動きが出るだろうと言われているが、実際にはエイラートのスラムのボスが協力的である事が再開発事業が上手く進んでいる最大の要因だということは余り知られていない。
誰もエイラートの実態を調査、視察に来ない。物事の表面、結果しか見ない上の人間にありがちな事だ。もしこの街の結果だけを見て自分の街もできると判断しても実際上手くいくのは難しいだろう。
エニスは自分の街の再開発が今のところ上手く進んでいるという報告を聞くと安心すると同時にこの再開発は元々グレイが持ってきたんだよなと思い出していた。
本人は全く偉そぶる素振りもせずにいつも淡々としている。面倒ごとが嫌いだと言いながらも何故か面倒に巻き込まれるグレイ。それでも逃げることはせずにいつも物事に正面から向き合って対処していく。そうしているうちに自然とグレイの凄さが周囲に伝わっていき、周囲は彼を頼りそして尊敬され、一部の人からは畏怖される。
(それにしてもスラムの大御所までがグレイに頭を下げるとはな。全くエイラート、いやアル・アインでもそんな奴はグレイくらいだろう。エイラートのスラム街の再開発が終わったらフランクリン家、場合によっては国王陛下にもきちんとことの成り行きを説明しておいた方がいいだろうな)
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