第92話 元勇者達、試験官をする その3

 そうして森を歩いてしばらくするとその場で立ち止まって野営の準備を始める。


「ここで野営するのね」


「そうみたいね」


 ケリーとリズ、そしてグレイも彼らの準備を見ていて、それから彼らの場所から少し離れた所に同じ様に野営の準備をした。

 

 テントの外で夕食の準備をする5人。


「食事中に見張りを立ててない」


「その通りだ。あれじゃあ無防備だな。狩人のスキルを使ってるのかもしれないが、食事中は最低でも1人は周囲を警戒しないと。それに」


 グレイは続ける。


「背後が大きな岩の陰になる場所にキャンプしたのは悪くないけど、ここはまだランクBとランクA混在している場所だ。もうちょっと森の出口まで歩いてせめてランクAが出ないエリアまで戻らないと」


「そうね」


 グレイの言葉に頷いている2人。


「こういうのは慣れの部分もあるからな」


「それにしても野営なんて久しぶりね」


 持参した食事を口に運びながらケリーが言う。


「勇者パーティが解散してからは初めてかも?」


「パーティの時はほぼ毎日野営だったよね」


 ケリーとリズが昔の話しで盛り上がっている中、グレイは食事をとりながらランクBのパーティに視線を送っていた。


 バモスらのパーティは食事を終えると2人と3人に分かれて交代で見張りの準備をする。一方グレイらはというと、


「ケリーとリズは寝ていいぞ、俺1人で十分だ。結界魔法も張るし」


 普通ならランクA,Bの混在エリアであればグレイかリズの結界魔法を張れば夜の見張りは不要なのだが、今回は見張りの様子もチェックする必要があるのでグレイが1人で徹夜をしながら彼らの様子を見ることにする。


「あら、悪いわね」


「ごめんね」


 そう言いながら早々にテントの中に入るリズとケリー。グレイはテントの外にある切り株に座ってバモスのパーティの野営を見ていた。最初は2人組みが見張りに立ち、4時間すると3人組みに交代した。


(野営の際の基本動作はできているな)


 森の中で周囲に敵が出没する可能性がある場所にて止むを得ず野営する際には、火の使用は厳禁。できるだけ音も出さずに周囲を警戒しながら休むのが鉄則だ。


 近くにいるランクBのパーティはその基本は出来てる様にグレイには見えた。


 朝になると2人組もテントから出てきて全員でテントをたたんで、軽い食事をしてから再び森の奥に向かっていく。


 グレイら3人も同じ様に後をついて森の奥に。

 奥に進んでいくとランクAの気配を感じたグレイら一行。それも2体だ。


「ランクAが2体。どうするかしら」

 

 ケリーが前方を見ながら言う。


「逃げるって手も十分ありよね」


「もちろんだ。勝てない戦いを避けるのも必要な技術だよ」


 前を見ていると、狩人がパーティメンバー話しかけている。探索スキルで2体のランクAが近くにいることを報告している様だ。


 すぐにリーダーのバモスが指示を出し、彼らはランクAから離れる様にゆっくりと移動していく。


「見事だな」


「ええ」


 そうして2体のランクAと十分に離れると再び森の中を進んでいく。その後ランクAを遭遇したバモスのパーティ。昨日と同じく時間は掛かったものの無事倒して魔石を取り出すのを見ていたグレイが。


「ランクA2体目、討伐成功だ」


 その声で全員ホッとした表情になって、バモスが


「ノルマを達成したのでエイラートに戻るぞ」


 そう言ってパーティメンバーは森を出、エイラートに続く街道に出てきた。

後ろを歩いているグレイ、リズ、ケリー。


 城門を出た翌日の昼過ぎに一行がエイラートの城門をくぐって市内に入ると、終わったーという声を出しているパーティメンバーにグレイが、


「お疲れさん」


 そう声をかけるとリズ、ケリーと一緒にギルドの建物に入っていった。ギルド職員から案内されたギルマスの部屋。リチャードが、


「どうだった?」


 グレイ、リズ、ケリーがそれぞれ思ったことをギルマスに言う。黙って聞いていたギルマスは


「じゃあ昇格は問題ないってことか」


「いくつか減点のポイントもあったけど、全体的に見て判断するとランクAの資格は十分にあるわね」


 ケリーの言葉に頷くギルマス。


「そのさっき指摘してた所が減点だな。後で彼らに試験結果を報告するときに3人も同席してくれるか」


 ギルマスの依頼に頷く3人。

しばらくするとギルマスとグレイら3人はギルドの2階にある会議室に入っていった。そこにはランクAの昇格試験を受けたバモスのパーティメンバー5名が神妙な顔をして座っている。


「ランクAの昇格試験ご苦労だった。今回はギルドの職員がいなくて急遽グレイとリズとケリーに試験官を頼んだ。お前さん達も緊張したと思うがな」


 ギルマスが言うと、


「まさかのランクSの3人が試験官とは思わなかったよ」


「ほんと、すっごく緊張しちゃった」


 口々に本音を言うメンバー。


「それでだ、先に結論を言う。お前達今日からランクAだ」


 その言葉を聞いて大声をあげて喜ぶメンバー。


「昇格試験はクリアしてるが満点じゃない。いくつか減点ポイントもあった。今からこの3人がお前達の昇格試験をレビューする。今後の活動に参考にするといい」


 元勇者パーティの3人から直接聞けるとあって皆椅子に座り直す。

まず最初にグレイが、


「ランクA昇格おめでとう。2日間同行してお前さん達はランクAの資格があると俺達3人の結論が一致した」


 そこで一旦話を切るグレイ、


「俺達の目から見てどこがよかったか、そしてどこが悪かったからを今から言うから今後の活動の参考にしてくれ」


 そう言うとこの2日間の行程を時系列的にして説明していく。


「まず、集合時間が7時。お前さん達が来たのが5分前。間に合ってるといえば間に合ってるが冒険者は何があるか分からない。早め早めの行動が求められることが多い。例えば急に荷物が増えることもある。できれば集合時間の15分前には来た方がいいぞ。ちなみに俺達3人は出発の日は6時半には門に来ていた」


 バモスらは黙って聞いている。


「次に移動だが、狩人の探索スキルを多用しすぎだ。ランクB以下のエリアでは不要だろう?狩人の探索スキルは非常に疲れると聞いている。サーチ範囲が広いからつい使いたくなるが、いざという時に疲れて使えないなら意味がなくなる。これが減点ポイント」


「それに関連するが、森に入って狩人が休憩を申し出たときにしっかり大休憩を取ったのはよかった。メンバーの状態を把握して休めるときにしっかり休む。狩人が完全に復調してから移動した。これはプラスポイントだ」


 そこまでグレイが言うと、ケリーが、


「大休憩の選択は良かったわ。でもね、あの休憩した場所。あなた達大木の根元の所で休んだでしょ?それ自体はいいんだけど、休憩する前に木の上まで見て安全を確保しなかったわね」


 言われてあっ!と言うメンバー。


「狩人さんが疲れてる。サーチは使えない。となると他のメンバーが休憩場所の周囲を探索するのは当然だけどそのときは木の上も見ないと。もしあの木の上に魔獣がいたらあなた達全滅か、相当な被害が出てたわよ」


「ということでこれは減点ポイントだな」


 ギルマスのリチャードは黙ってグレイらの説明を聞いているが、内心では流石にランクSパーティで死線を何度も潜って来ているなと感心していた。ひょっとしたら俺達よりも優れた試験官かもしれないと。生死に直結している所を見て評価している。


「戦闘についてだが、最初の戦闘は僧侶が強化魔法をかける前に散開していた。あれをされると僧侶の負担が大きくなる。敵が来るのがわかっていてもまずしっかりと強化魔法をもらってから動かないとダメだ」


「でも2度目以降はちゃんと出来てたわ。1回目は焦って忘れてたのかな?」


 リズがグレイの言葉にフォローを入れる。


「それ以外は戦闘についてはOKだ。問題ない。実力もあると俺達が認める。そして夜の野営だがこれについては減点ポイントがあった」


 グレイの言葉にどこだろう?と顔を見合わせるメンバー達。


「減点としたのは2点ある。1つ目は野営をした場所だ。あそこはまだランクAが出る場所だった。野営をするならもっと森の出口に近いところ、少なくともランクB以下の場所にしないと。翌日の狩場に近い所に野営したんだろうが、それよりも強い魔獣の襲撃のリスクがなくて、自分たちがしっかり休める安全地帯まで下がるのが野営の鉄則だよ。2つ目は食事中に見張りを立てなかったことだ。森の中という周囲が敵の状況では常に誰か見張りを立てないと奇襲に対応できないぞ」


 言われて納得した表情になるメンバー。


「野営中に襲われると結局休めない。しかも疲れて集中力が切れている。そうなるとロクな事にならない。休めるときは安全な場所でしっかり休むのが基本だ」


「今グレイが色々言った事については今後気をつけて。自分たちが生き延びるために必要なことだから。いくつか減点ポイントはあったけど、概ねにおいてあなた達はよくやったと思うわ」


 ケリーが総括をして話をまとめると、ギルマスが


「今こいつらが言ったことをしっかり肝に銘じてくれよ。ランクAになると他の冒険者達の規範となる必要がある。戦闘はもちろん普段の態度についても低ランクの奴らの規範になる様に頑張ってくれ。 

 いずれにしてもおめでとう。ギルドカードを職員に渡してくれ。こちらでランクAに書き換える」


 そうして試験官の仕事は終わった。喜色満面の表情で会議室を出ていくパーティを見送るとギルマスがグレイらを見て、


「おかげで助かった。それに流石にランクSのお前さん達が言うと、説教でもしっかりと耳を傾けてくれるな」


「こういうのって初めてしたけど、結構楽しかった」


 リズが言うとケリーも大きく頷いて、


「学院の生徒達にも郊外研修という名目で野営合宿でもさせようかしら」


「おいおい、学生にあまり無理させるなよ」


 半分その気になっているケリーをギルマスが嗜めていた。



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