第90話 元勇者達、試験官をする その1

 去年は冬の間は王都にいたエニスとマリアだが、今年はここエイラートで過ごすらしいという話をケリー経由で聞いたグレイとリズ。自宅で寛ぎながら


「領主だからな。当たり前っちゃあ当たり前の話だ」


「そうだよね。領主が辺境領にいないってのは変な話だよね」


「となると冬はまたBARにやってくるだろうな」


「いいじゃない。グレイも嫌じゃないんでしょ?」


「もちろん、エニスとマリアはいつでも歓迎さ」


「ケリーもね」



 例年と同じ晩秋のエイラート。グレイとリズは早々に冬籠りの買い出しを終えていたので、今日は商業区の中を特に目的もなくブラブラと歩いている。


 馴染みの露店をのぞいたり、すれ違う知り合いの冒険者達と話をしてギルドに顔をだした2人。


 夕刻のギルドの中は雪が降る前の最後のクエストをこなして帰ってきた冒険者達でごった返していた。


 彼らの邪魔にならない様に酒場の隅のテーブルに座ってジュースを飲みながら活気のあるギルドの中を見ているとテーブルにギルドの職員が近づいてきて、


「ギルドマスターがお二人に用事があるとの事です」


 2人は有名なのでギルドに入った時から職員は気付いていた様だ。その職員がギルマスに2人が来ていることを言うとちょっと呼んできてくれとなったらしい。


 立ち上がって職員に続いてカウンターの奥、ギルマスの執務室に入ると机に座っていたギルマスのリチャードが立ち上がり、机を廻ってソファに近づいてきた。


「職員からお前さん達が来てるって聞いてな。ちょっと相談があったんだ声をかけさせて貰った」


「こっちは特に用事もないから大丈夫だ」


「そうか」


 そうして2人の向かいに座ったギルマスが話をし始めた。

ギルドでは冒険者のランクを上げる場合に昇格試験を行っている。大陸中の冒険者のランクを合わせるために昇格試験は大陸共通の試験方法を採用している。



ランクFからEへは市内でのクエストの成功回数。

ランクEからDへは市内及び城外でのクエストの成功回数。

ランクDからCはランクDの累積討伐数をクリアした上で試験官立会でのランクCの討伐。

ランクCからBはランクCの累積討伐数をクリアした上で試験官立会でのランクBの討伐。


 ランクC以上になる昇格試験にはギルド職員の誰かが必ず立ち会っている。


「実はランクBからランクAへの昇格試験に立ち会う試験官がいなくてな、代理でお前らに試験官をやってもらえないかと思ってさ」


「ランクAの試験官がいない?」


「ギルマスがいるじゃない」


 グレイとリズが声を出すが、ギルマス曰く


「このギルドにはランクAの試験官は俺以外に3人いるんだが、タイミングが悪い事に彼ら3人とも別件で街を出ていてエイラートにいないんだよ。俺は冬に備えて各ギルドとの打ち合わせが毎日の様に入っててな、試験官として立ち会う為の時間が取れないんだよ」


「ランクAの試験ってどんなのだっけかな?」


 顔を天井に向けて思い出そうとしているグレイに横からリズが、


「外での泊まりでの討伐じゃなかったっけ?」


「その通りだ。外に出て1泊2日でランクAの討伐を行う」


 ギルマスの言葉で過去を思い出したグレイ。


「そうだったな。野営の仕方や急襲に備えた準備など全てが採点対象だった。思い出したよ」

 

 自分で口にしてから、


「ということは野営にも付き合えってことだよな?」


「そうだ。1泊2日でランクBのパーティに随行してもらいたい。もちろん緊急時以外は手助けは厳禁だ」


「それで試験はいつなんだい?」


「明後日だ」


「明後日か。ケリーに声かけてみてもいいかい?」


「もちろん。試験官は何名いても問題ない」


「それで今回ランクAの昇格試験を受けるのは何人のパーティなの?」


 リズが言うとギルマスは机の上にある1枚の紙を持ち、ソファのテーブルの上に置き、


「彼らが今回のランクA昇格試験を受けるパーティだ。ランクBの魔獣の累計討伐数についてはクリアしている」


 グレイとリズがその紙を覗き込む。その紙には


ナイト バモス

戦士 ハーグ

僧侶 ティラーナ

精霊士 トロア

狩人 エリン


 と書いてある。


「5人か。いい構成ね」


 紙を覗き込んでいたリズが言うとグレイも頷いて


「バモスってのがリーダーかな? このパーティメンバーには何度かここで会っているな」


「私も記憶がある」


 リズも頷いている。


「その通りだ。バモスがこのパーティのリーダーだ。それでお前達試験官をやってくれるか?」


「若手育成も傭兵の仕事だからな。受けるよ」


 その後ギルマスから試験官の心得を教えてもらう2人。


 試験は城門から始まり、城門に戻ってきて終わる。狩場の選択や移動方法も冒険者任せで基本試験官は口出しをしてはいけない。パーティの後ろをついていくこと。


 夜の野営の際は彼らから少し離れた場所に野営して様子をチェックすること。


 ランクAの魔獣については最低2体討伐することになっているので確認すること。


 あとは戦闘能力のチェックだが、これについてはギルマスも何も言わなかった。戦闘についてはプロ中のプロであるランクSの冒険者が見ることになるからだ。


 一通りの説明が終わると、


「明後日の朝7時に城門を出る。試験官がお前達だってのは当日の朝に連中に言う」


 そうしてギルドを出た2人はそのままケリーの自宅に。ちょうど家にいたケリーに試験官の話をもちかけると、


「昇格試験の試験官って滅多にやるチャンスがないわよね。面白そうだから私も行く」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る