第71話 スラム その2
翌日リズと2人で領主の館に出向くとエニスの執務室に案内される。
そこでエニスとマリアを前に前日の裏社会の顔役との話の一部始終を説明する。
「なるほど。スラム街については俺もそろそろ何か手を打たなければと思っていたところだったんだ。グレイは彼らからの提案は信憑性が高いと思ったんだよな?」
テーブルを挟んで向かいに座っているエニスの言葉に頷き、
「まぁ大丈夫だろう。奴らにしてもこの街で生き残っていくために相当考えて昨日の提案をしてきたと思う。それに万が一俺たちが裏切られたら、その時は落とし前をつければ良いだけの話だしな」
「確かに」
話はグレイとエニスが主体となりマリアとリズは隣で黙って2人のやりとりを聞いている。
「グレイは今の奴らの収入源は知ってるのかい?」
「定番の娼館以外だと役所から出ている道路や公園の清掃、街のどぶさらい等が表の仕事で、これらは裏の顔役3人の会社が元請けになって、それをスラムの連中に配分している。あとは露店や普通の店からのみかじめ料だろう。これについては以前にいろんな店に聞いてみたが暴利ではない様だ。店側に大きな不満はない」
「グレイの店も?」
マリアが聞いてくるとグレイは笑いながら、
「いや俺の酒場はアンタッチャブルらしい。誰もみかじめ料をたかりには来ないよ」
「考えてみればそうか。グレイに金寄越せって言える人っていないものね」
「どうやらそういう事らしい」
自分で言って自分で納得したマリア。
「それで具体的にどうしたらいい?グレイの事だからある程度の腹案を持ってるんだろ?」
エニスがニヤリとして聞いてくるとリズと顔を見合わせてから、
「昨日リズとも話しをしてたんだが」
そう言ってグレイが説明を始めた。
スラムの再開発自体は問題ないだろう。ボロ屋を壊して区画整理をしてから新しくアパートを建てていけばいい。その敷地内に学校と診療所、できれば公園も作れば問題ないだろう。スラムのほとんどの家は平家のボロだ。2階建のアパートにしたら土地は余るから学校、診療所、公園は問題なくできるはずだ。
それよりも問題はスラムの連中の仕事の斡旋だ。役所から降りてきている仕事だけじゃスラムの働き手の全員を採用するには少なすぎる。
そこでグレイが考えたのがギルドとの連携だ
「木工ギルドじゃ木こりや木材の運搬で人が多く必要になっている。そこにスラムから人を派遣して仕事をさせればいい。
木工ギルド以外のギルドでも裏方として人が欲しいギルドがあるはずだ。領主としてギルドと話をしたらそれなりの雇用が生まれてくると思うがな」
「なるほど」
頷いているエニスにさらにグレイは
「スラムの子供達については学校に行かせるが、卒業してからの仕事をきちんと与えるためにもまずはスラムの連中全員にきちんとエイラートの市民権を与えることだな。これがないとギルドでも仕事ができないからな」
「そうだな。逆に言えば市民権を持ったら普通の市民と全く同じになって好きな職業にも付けれることになるよな」
「その通り」
グレイの説明に流石だねと言って頷くエニスそして、
「金はかかるがやるなら今だろうな。わかった。あとはこちらでやるよ。早速役所の実務部隊と官僚を集めてこの話をする。もちろん進める前提でだ」
「頼む。それから黒社会の連中との最初の打ち合わせの手配までは俺がやるよ。俺に話をもってきたという経緯もあるしな。ただそれ以降会議には出ないからな。俺はあくまで黒子だ。橋渡しをしたら俺の仕事は終わりだ。あとは専門家達に任せる」
「相変わらずのグレイだな」
エニスはグレイがそう言うだろうと分かっていたので特に反論もせずに同意して頷く。
「グレイくらい策士ならエニスの参謀としてここで働いて欲しいくらいだわ」
マリアが冗談とも本気ともとれない口調で言うと、
「よしてくれよ。俺はリズとこのエイラートでのんびりと暮らせればそれでいいんだよ」
隣でリズも頷き、
「私とグレイは酒場の経営者でギルドの傭兵、これでもう十分ね」
「リズはグレイと一緒にいられたらそれでいいんだしね」
マリアの言葉にリズは、
「そう言うこと。グレイと2人で領主様を応援してるから頑張ってね」
「これだよ」
そうして1週間程経ったころ、グレイとリズの自宅に領主から使いの者がやってきた。
領主側の準備が整ったので会談をセットして欲しいとのことだ
「意外と早かったわね」
使いの者が帰ってからリビングのソファに並んで座って話をするグレイとリズ。
「領主がエニスだからな。彼はタイミングというのを分かってる。こう言う話は一気にある程度形にした方が良いと判断したんだろう。良い判断だよ」
「でもよく官僚や役所の人達がOKしたわね」
リズの言葉にグレイはリズを見て
「逆だよ」
「逆?」
「そう。この話が領主のエニスから出たからすぐにOKしたんだよ。スラムの開発なんて普通の官僚や役人が言い出したら何かあった時に責任を取らされるだろう?だから彼らは考えていても自分からは絶対に言い出さない。彼らは変化を嫌う。昨日と明日が何も変わらないのが一番いいんだ。官僚や役人の処世術ってやつさ。
今回は領主のエニスからの提案だ。つまり何かがあってもそれは全部エニスの責任って事になる。自分たちが責任を取らずに進められるのならOKするさ」
「そういうものなんだ」
リズの言葉に頷き、
「官僚や役人ってのは決して無能じゃない。むしろ有能で頭のいい奴が多い。ただ個人で責任をとりたくないだけだ。だから腹を括った上がいると本領を発揮する。エニスもそれを分かっているから一気に形を作ろうとしているんだろう」
そうしてグレイは家を出ると1人でスラムに出向き、先日話をした古い屋敷を訪ねた。
中に案内されるとそこには裏社会の顔役の1人、ソロがグレイを待っていた。スラム街にいる見張りの手下が既に連絡をしていたんだろう。屋敷でグレイはソロに領主との話の内容を説明し、最初の打ち合わせの場所と時間を伝えると、
「わかった。こっちはその日時に伺う」
二つ返事でOKするソロ。
「頼む。俺の仕事はここまでだ。後はそっちでやってくれ」
そう言って立ち上がって部屋を出ようするグレイの背中に、
「グレイ、世話をかけたな」
グレイは開いたドアで立ち止まり、振り返ってソロを見て、
「これくらいおやすい御用だ」
そうして片手を軽く上げて部屋を出ていった。
そうしてグレイがソロと会った1ヶ月後に領主からエイラートのスラム地区の再開発の通知がなされ、同時にエイラートに住んでいる住民で市民権をもっていない住民にはエイラートから市民権を発行すると発表された。
これを機にエイラートのスラム街はその姿を一変することになっていく。
グレイとリズは最初の橋渡し以降は全くこの件に関わらず、いつも通りのスローライフを送っていた。
この日も森でのスキル上げを終えて魔石の換金にギルドに顔を出すと、受付嬢が2人にギルドマスターが会いたがっていると言うのでそのままギルマスの部屋に顔を出す。
ソファに座って職員がジュースを置いて部屋を出ていくと、ギルマスのリチャードが早速身を乗り出してきて、
「スラムの再開発、最初奴らはグレイに話をもってきたらしいじゃないかよ」
「よく知ってるな」
否定せずにグレイが言うと、
「俺も冒険者ギルド代表として何度か奴らとの打ち合わせに出ているんだよ」
「なるほど。それでギルドとしたらどうなんだい?」
「悪くない話だってのがこの街のギルドの総意だ。特に木工ギルドや鍛冶ギルドなんかは慢性的な人手不足でな。市民権を持ってるならすぐにでも雇いたいと言っている」
「それはよかったわね」
リズがいい、続けて
「冒険者ギルドはどうなの?」
「このギルドも魔獣を解体処理できる人は多くいない、しかも高齢化が進んでいる。解体技術は学んでもらわないといけないがやる気のある奴らなら歓迎だ。あとは、冒険者になる奴もいるだろうしな。概ね歓迎してるぜ」
「なるほど、いい具合に廻っていきそうだな」
グレイが満足そうに言うと、ギルマスはニヤリとしてグレイを見て、
「それでだ、ギルドと奴らとの打ち合わせが終わって雑談になった時に他のギルドの奴が聞いたんだよ。急にスラムの再開発をやるって一体何があったのか?ってさ。
そしたら奴らが俺たちを見ながら、グレイだけは絶対敵にまわしたくない。仮に今の状態で何もしなければいずれはどこかでグレイとぶつかる。そん時に俺たちがグレイに勝てる未来は全く見えてこない。逆に完膚無きまでにあいつに叩きのめされるのがおちだ。それが分かってるから早いうちに手を組んだ方がずっと得策だという結論になったんだよ。とな」
その話を聞いてリズは笑い、グレイは苦笑するしかなかった。
「まったくあいつら俺を何だと思ってやがる」
「黒社会の連中にそこまで恐れられるというのも悪くないだろ?いっその事お前がエイラートの影のドンになったらどうだ?」
冗談とも本気ともつかない表情で聞いてくるギルマスのリチャードに、
「よしてくれよ」
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