第51話 港町ティベリア その1
エイラートに本格的な冬がやってきた。数日前に雪が積もり、地元ではこれが根雪だろうと言っていた日から毎日雪が降り始め、街の中はあっという間に真っ白な雪化粧になった。
例年の通り、蓄えのある冒険者はこの3ヶ月程の雪の間は仕事をせずにゆっくりと過ごし、蓄えの少ない冒険者は毎日街の雪かきをしてはクエストをこなして報酬を得ている。
グレイとリズ はもちろん雪かき組ではなくのんびり組で、日課となっている朝の鍛錬を終えると週に2、3度は雪が積もっていない南西の森でスキル上げをし、それ以外の日は鍛錬を終えると家でのんびりと過ごしていた。
二人がのんびりと家で午後を過ごしていると、呼び鈴がなりリズ が外にでると、自宅の玄関前に顔なじみのギルドの女性職員が立っていた。
家の玄関でフードを脱いで雪を落としている職員に熱いお茶をだすリズ。
この世界では傘というのは貴族がファッションでさすもので、一般人は雨や雪が振っていても傘をささずにフード付きのコートで動き回っている。
「ありがとうございます」
ふーふーしながら両手でコップを掴んで美味しそうにお茶を飲み、礼を言ってコップをリズに戻すと、
「ギルドマスターが今日の午後ならいつでも良いので顔を出して欲しいと仰ってます」
「じゃあ用意をしてギルドに行くから、先に戻ってそう言っておいてくれるかい?」
グレイの言葉に頷くと、職員は熱いお茶を全て飲むと、再びフードをかぶって外に出ていった。
「何かしら?」
「さぁ、でもな、リズ。こんな雪が積もってる日に呼び出されるんだ。ろくでもない話に決まってるさ」
「そうね」
グレイの言葉にリズも同意して、新しいローブを身に付けるとその上にフードを来て家を出てギルドに向かう。
「わざわざ来て貰って悪いな」
全然申し訳なさそうないつもの顔でギルマスのリチャードが部屋に入ってきた。
「まぁ暇だったしな。こんな時に呼び出すんだ、どうせロクでもない話だとは思うけどな。寒い中わざわざ家まで来てくれたギルド職員に免じて出向いて来たよ」
グレイの嫌味に苦笑しながらも
「まぁ、そう言うなよ。本当は俺が行くべきなんだろうけどちょっと外せない用事があってさ」
そう言ってテーブルの上にある温かい飲み物を口にすると、
「グレイとリズはティベリアには行ったことがあるかい?」
とギルマスのリチャードがいきなり聞いて来た。
ティベリアは王国の東にある港町。王国ではここエイラートと並んででかい都市だ。街の規模から言うと王都が1番大きく、2番目がティベリア、そしてここ辺境のエイラートと続く。
グレイはリズを見て
「確か一度行った事があると思うんだが、そうだよな?リズ」
「一度行ってるわね。ほらっ、エニスが魚料理を食べ過ぎで翌日お腹を壊してたじゃない」
リズのその言葉で思い出した。勇者パーティで教皇国に向かう時に、エニスが魚が旨い街だから少し寄って行こうと言ってそこで皆でたらふく食べたあの街だ。
「そうそう、エニスが腹を壊した街だ。思い出した。一度行ってる」
その言葉を聞いてほっとした表情になるギルマス。
「そりゃよかった。実はな、急にティベリアのギルドに届けなきゃならないものができてな、お前たちに運んでもらおうと思ってさ」
要はグレイの移動魔法でティベリアに行ってくれと言っている。確かにエイラートの街の外は既に雪がしっかりと積もっていて街道も雪かきがされてない場所も多いだろう。冬の3ヶ月の間、エイラートは陸の孤島になるしな。
グレイがそう思っていると、隣からリズがギルマスに、
「具体的に何を運べばいいの?」
「薬だ」
「「薬?」」
意外な名前にびっくりする二人。
「厳密に言うと薬の原料になるモコ草だ。こっちはあちこちに生えてるが、ティベリア周辺には無くてな。在庫がなくなりかけているらしい」
モコ草とはエイラートの様なある程度海抜の高い地域に生える草で、この草から痛み止めの薬が作られる。エイラートでは冒険初心者のクエストの定番の1つで年中採れる。薬草はそのまま患部に塗りつけて使うのに対してモコ草はそれを痛み止めの薬にする加工が入る分、効果は高く、医療関係で多く使用される。
ティベリアの様な低地では生えていなくて普段はエイラートを含む辺境領から王国内に大量に出荷されている商品だ。
「モコ草か。確かに無いと困るな」
「そうだろ? ここエイラートじゃ当たり前の様に生えているが、あっちじゃ手に入らない。もちろんあっちでも常時在庫しているんだが、量が心許なくなってきたらしい。頼めるか?」
「わかった。俺もリズもアイテムボックス持ちだし頼まれた分、しっかりと運んでくるよ」
「それでもうモコ草は用意できてるの?」
リズがギルマスに聞くと、
「今日中に揃えるので明日朝、もう一度ギルドに来てくれないか。そのままティベリアに向かって欲しい。向こうのギルドで渡してくれりゃあいい」
そうしてギルドを出た二人は人通りの少ない通りを歩きながら、
「せっかくティベリアに行ったらついでに美味い魚料理でも食べようか」
「そうね。でもあまり食べ過ぎない様にね」
とリズはグレイに釘をさすのを忘れなかった。
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