第48話 ある日のBAR

 グレイとリズが教師をした数日後、夜の酒場にはエニスとマリアが来ていた。そしてなぜかケリーも二人に並んでカウンターに座ってジュースを飲んでいる。


 お店は例によって「CLOSED」にして貸し切りだ。


「へぇ、グレイとリズが教師ねぇ。リズはわかるけどさ、グレイがねぇ。グレイ、学生に暴言を吐いてないだろうな?」


「吐くわけないだろう? 前途有望な生徒さんたちだぜ?」


 エニスの言葉にグレイはムキになって言い返し、さらに続けて、


「それにリズ はわかるけどグレイは?ってどう言う意味だよ」


 なおも領主のエニスに突っかかっていくグレイ。まぁまぁとグレイをなだめるエニス。


「でもさ、グレイって意外と教えるのが上手でびっくりした」


 ケリーがグレイとエニスの会話に割って入ってくる。


「私はなんとなく分かるわ。グレイが教え上手だって」


 マリアが言うと周りがどうしてって顔をしてマリアを見る。


「戦闘の時に瞬時にあれだけ適切な指示を出してるんだもの。きっと頭の中で素早く物事を整理する能力が高いのよ。そう言う人って人に説明するときも論理的でわかりやすもの」


 マリアの言葉にグレイは手を叩き、


「マリア。よく言ってくれた。そうだ俺は頭がいいんだよ。なっ、リズ 」


「あまり調子に乗らないでね」


 リズ に嗜められてしゅんとするグレイ。カウンターの中にいるグレイとリズを見ながらケリーは、


「二人が学院に来た翌日から生徒達の目つきが変わったの。やっぱり目の前ですごい魔法を見せつけられるのが一番効果があるみたい」


 酒の入っているグラスを口に運びながらエニスはケリーの言葉を聞いて、


「生徒の質が上がってくれるとエイラート魔法師団の質も上がるし、これからもよろしく頼むよ」


 そうしてしばらく4人で雑談をしていた時に、


「ところで次のダンジョンはいつごろ攻略しに行くの?」


 今夜何杯目かのジュースのおかわりを注文したケリーがグレイとエニスを交互に見て聞いてくる。


「それなんだけどさ、俺とマリアはもうすぐ王都に行かなきゃならなくなって。ダンジョン攻略は雪が解ける来年の春ごろまでは難しいかもしれない」


「王都に行くんだ」


 リズ が言うと、


「そうなの。半分は仕事で半分は私の家のことでね」


 マリアが言うにはマリアの父親が今回のエイラートで魔法師団を新設するにあたり、その目的をきちんと一度国王に説明しておいた方が良いとエニスにアドバイスがあったらしい。


「そう言うけど本当は私とエニスにたまには帰って来いって前から言っていたのよ。父は最近ずっと王都にいるから。魔法師団の報告の件はその口実ね」


「国王に報告するっていうのは確かにそうだしね。正論を言われて俺もマリアも断れなくて、じゃあ一度王都に行くかってことになったんだよ」


 エニスが続けていい、そして、


「ひょっとしたら新年を向こうで迎えるかもしれない。こっちはまた雪で移動ができないし。そうなるとエイラートに帰ってくるのは来年の春になってしまう」


 マリアとエニスの話を聞いていたグレイは、


「二人だけなら移動魔法で運んでやれるけど、領主の王都行きとなるとそうは行かないだろうしな」


「形式ってのを重んじるだろう?それなりの人数で動くことになりそうなんだよ」


 エニスも本当ならグレイに飛ばしてもらって用件を済ませるとさっさとエイラートに戻ってきたそうな口ぶりだ。


「向こうで暇だったらオーブで呼ぶからさ、そんときはグレイ、俺たちを迎えに来てくれよ。それでここで飲んでまた王都に送ってくれりゃあいい」


「俺の魔法をなんだと思ってやがる」


 グレイはそう言いながらも、


「そん時は連絡してくれ。迎えに行く」


 

 そうして秋も深まってきた頃、領主のエニスとマリアは馬車群を率いてエイラートを出て王都に向かって出発していった。


 馬車の前後左右を騎士団の兵士が固め、館から大通りを進んで城門から外に出ていく様子をグレイとリズ は通りに出て大勢の市民と一緒に見ていた。


「あの数多い護衛の騎士達よりもエニス一人の方がずっと強いんだけどな」


「本当ね。マリアも強いし。護衛する必要なんてないよね」


 二人は通りをゆっくりと進む領主一行を見ながら、


「形式、格式、貴族ってのは大変だな」

 

 グレイがボソッと言うと、


「私は形式、格式に関係ない人と一緒になってよかったよ」


 そう言って手を握ってきたリズ の手を握り返し、


「俺もだ」



 領主のエニス一行がエイラートを発ってからはグレイとリズ は再びのんびりとスローライフを楽しんでいた。


 冬に備えて二人で買い出しをし、スキル上げや買い物など自分たちの好きなことをしては日々を過ごしている。


 BARも冒険者を中心に毎日誰かが来店してくれ、そこで最近の街の話しを聞いたり冒険者の相談に乗ったりして日々を過ごしていた。


 最初に魔法学院に行って以来、既に数度学院に出向いては生徒を前に魔法の授業を担当しているが、ケリーによるとリズ とグレイの授業は好評で、これにケリーを加えた元勇者パーティの3人の授業が一番人気があるらしい。


 また来年の卒業予定者のうち、王都の魔法騎士団を希望しているのは2、3名でほとんどがエイラート魔法師団への入団を希望しており、精霊士、僧侶、賢者の希望者の比率もほぼ3分の1づつに分かれているそうだ。


「以前は王都の魔法騎士団に3,4名行って、他の生徒は全く就職口がなかったからね。それを考えたらエニスはすごいことをやってくれたわよ」


 久しぶりに3人でスキル上げを終えて、グレイの家で休憩をしている時にケリーが二人に話をしてくる。


「それでさ、来年の受験生の願書を締め切ったんだけどなんと、競争率が20倍よ!」


「そりゃまたすごいな」


「去年までは1.2倍とか、過去には定員割れもあったらしいのに一気に20倍だって」


 興奮しているケリー。


「しかも辺境領以外からの受験生も多いの。王都からの受験生もいるのよ」


「なんでまたこんな田舎の学院に?王都には立派な魔法学院があるというのにさ」


 びっくりして言うグレイの言葉に、


「本当にあんた、わかってないわね。あんたとリズ がいるからじゃないの。あと私もね。元勇者パーティ3人がいるっていうので人気が出てるよの」


「そういうものなのか」 「ね」


グレイとリズ の間の抜けた返事に


「はぁ、本当にあんた達二人って何も変わらないのね。リズ は昔からのんびりしてたし、グレイは参謀としては本当に凄いけど、それ以外のことは無頓着というか気にしない人だし」

 

 そこで一旦言葉を切ってジュースを飲むとソファの向かいに座っている二人を見て、


「いい? あんた達二人はとてつもない力量を持ってる魔道士なのよ? 私もだけどさ…魔道士を極めた3人がエイラートにいるのよ。もっと自覚を持ってくれてもいいんじゃない?」


 グレイとリズは二人で顔を合わせると、


「そうは言っても俺たちスローライフ目的でこの街に住んでるし、もう魔王もいないしさ。別にもう人の上に立って何かをやるっていう気もあまりないし」


「グレイの言う通り。私もこの街でのんびり過ごせればそれでいいかなって思ってるし」


「ぶれないわね。お二人は」


 呆れた様にいうケリーだが、目の前にいる二人はパーティを組んでいた頃から全く変わっていないことに安心しているのも事実であった。


 以前から欲がないというか、天然というか。勇者パーティ全員がその傾向はあるものの、目の前の二人は特に顕著で。戦闘中とそれ以外の時とのギャップが大きい。


「まぁ、お二人にはこれからも月に1度は講師として生徒達に教えてくれたらそれでいいんだけどね」


「そこはちゃんとやるぜ。ケリーと約束したしな」


「そうそう。やることはちゃんとやるから安心して」


「わかった」


  結局グレイとリズ の二人は最後までどうしてケリーがそんなに熱くなっているのかがわからなかった。自分たちの知識や経験を将来の魔道士候補生に説明するだけなのに。そしてやっぱり俺たちは教師には向かないなとお互いに納得していた。


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