第38話 狸親父のギルマス

 ここエイラートはアル・アイン王国に於いては3番目に大きな都市だ。王都、港町のティベリアに次ぐ大都市である。


 端が見えない程の長さのある石で出来た高い城壁に囲まれた街の中は非常にゆったりとした造りで、その中は大きく分けて商業区、居住区、貴族区、そして公園区になっており、それぞれの区は非常に広く、公園区にはそこに隣接して放牧場まで備えている。


 その商業区の中に多数のホテルが軒を並べている地区がある。春の終わりから夏の終わりの5ヶ月間は王国中から大勢の人が避暑にやってくるのを目当てに多数のホテルが建っているのだ。


 ホテルにはもちろん避暑できた旅行者や商人も多いが、それと同時に王国中から腕に覚えのある冒険者達も多数エイラートにやって来ている。彼らは春から秋頃までこの街に滞在して周辺の高ランクの魔獣を討伐したり、ダンジョンに潜ったりして生計を立てている。


 その様に多くの人が流れ込めば当然の様に様々なトラブルも発生するわけで、それに対しては領主のエニスがエイラートに着任以来強化してきたエイラートの警備兵が

対処している。


 強化したとは言え彼らの人数にも限りがあるわけで、全ての事案に同時に対応できない時もあり、そう言うときは警備兵の依頼を受けたギルドからランクAの冒険者がクエストとして事の対処にあたる仕組みになっている。


「今日は2回も冒険者同士の揉め事の仲裁に駆り出されて参っちゃいましたよ」


 グレイのバーでランクAの冒険者が仲間と酒を飲みながらグレイに愚痴をこぼす。


「冒険者同士の喧嘩?」


「そうなんですよ、外からやって来た冒険者のパーティがエイラートに住んで活動している女性だけの冒険者をナンパしてそれを断られたら暴れ出して、もう大変でした」


 愚痴を言っている冒険者と一緒にグレイのバーに来ていた仲間も、


「毎年この時期はこういう揉め事があるんだよな」


「でもランクAのお前らが出たら収まるんだろう?」


 グレイが注いでくれた酒を飲んだ男は、


「今日は相手がランクBでしたから収められましたけど」


「クエストだと割り切ってやるしかないよな。お前達がいるから皆安心して暮らしていけているんだからさ」


「そうですね。割り切るしかないですよね」


 グレイの店に来る客は殆どが冒険者で、彼らは一様にグレイとリズ に敬語で話かけてくる。


「まぁ、目に余るくらいなら俺から一度領主に話ししてみるよ。何かあったらまた教えてくれるかい?」


「「わかりました」」


 領主のエニスが元勇者パーティでグレイやリズ と一緒に魔王を討伐して、今ここの領主をしているという話は今やエイラートで知らない者はいない。


 店を閉めた夜、自宅のリビングでグレイはリズ と仕事の後の温かい飲み物を飲みながら、


「さっきの話、街にとっては人が来て金を落としてくれるというのはいい事なんだろうけどな」


「それでも傍若無人な振る舞いをする人にはちゃんと罰を与えないとだめよ」


 リズ は女性冒険者がナンパされたというのでいつもより強い口調で話をする。


「一度ギルマスに合うか」


「そうね。それがいいと思う」


 翌日、いつものルーティンをこなし、森でのスキル上げを終えた二人は夕方、

自宅からギルドに向かって通りをのんびりと歩いていた。


「こうして見ると確かに人の行き来は多いわね」


 グレイと並んで歩いているリズが通りを見ながら言うと


「本当だな。トラブルが無きゃ賑やかでいいんだけどな」


 そうして二人はギルドの扉を開けて中に入っていった。夕刻でもあり、その日の活動を終えた冒険者達でギルドの中は賑わっていた。


「ここも人が多いわね」


「時間が時間だからな」


 グレイとリズ はいつも通りカウンターの列の一番後ろに並んで二人で話をしながら順番が来るのを待っている。


 二人がギルドに入ったときから、中にいた冒険者達はグレイとリズ を見つけて二人に羨望と尊敬の視線を送っていたが、中には地方からこの街にやってきて、グレイとリズ という名前は知っているものの顔を見た事がなかった冒険者もおり、彼らは


「あの女、えらくいい女じゃないかよ」


「ああ。エイラートに来て見た中で一番の女だぜ」


 とリズ に卑猥な視線を送りながら話している奴らもいた。隣のテーブルでその会話を聞いていた地元エイラートの冒険者が


「おい、お前ら今話ししてたのはあそこに並んでる僧侶のことか?」


 話を振られた二人組は、


「ああ。エイラートも捨てたもんじゃないな、あんないい女がいるなんて」


 その言葉を聞いた冒険者は


「お前ら余所から来てこの街はまだ長くないだろうから親切心から言ってやるが、あの二人には絶対に手を出すな」


「なんでだよ?俺たちが誰に声をかけようが勝手だろうが」


 ムッとして答える男に、


「お前達が言っている女性が聖僧侶のリズでその隣にいるのが大賢者のグレイだと分かっても声かけるのか?」


 その言葉は相当のインパクトがあった模様で今まで威勢の良かった二人が急に声を潜める。


「嘘だろ?」


「本当さ。男が大賢者のグレイ、隣に立っているのが奥さんで聖僧侶のリズ 。ランクSの元勇者パーティの二人だ。な、この街を追い出されたくなかったらやめとけ」


「そ、そうだな」


 1人が言うと、もう1人の余所から来た冒険者仲間が列に並んで少しずつ前に進んでいる二人に視線を送り、


「なんでそんな奴らがカウンターに並んでるんだ?列なんてすっ飛ばして一番前に行ったってランクSなら誰も文句言わないだろう?」


 それを聞いた地元の冒険者がゆっくりした口調で諭す様に男に説明をする。


「ああ。確かにあの二人、それと今はここにいないがもう一人ランクSの元勇者パーティの精霊士のケリーってのがこの街に住んでる。その3人ならいくらカウンターが混んでてもすっ飛ばして一番前に行ったって誰も文句は言わないだろうな。

 でも彼らはいつもちゃんと順番を守ってああやって列に並ぶんだよ。大賢者のグレイが前に言ってたよ。俺たちもギルド所属の冒険者だ。たまたまランクがSになってるだけで冒険者である以上そのルールには従うってな」


「なんて奴らだ…」


「ただ強いだけじゃないんだよ…だからこの街でランクSの元勇者パーティの3人は皆人気があるのさ。それともう一つ教えてやろう。今のここ辺境領の領主は元勇者のエニス様だ」

 

 その言葉がダメ押しになったのか地方から来た二人組はそれっきり黙ってしまった。



 グレイとリズ は自分たちの番がくるとカウンターにいた受付嬢に今日のランクAの魔石の買取依頼と、ギルマスとの面談を申し込んだ。


「久しぶりだな。ダンジョンはあれから行ってるのか?」


 挨拶を終えてソファに座るとリチャードが口を開く。


「いや、あれから行ってない。また領主夫妻の時間ができたら行くつもりだけどな」


「行ったと思ったら11層までさっくり攻略してくるなんてお前ら以外じゃ無理だろう。ところで今日はどうした?」


 多忙なギルマスの時間を割いて貰っていると知ってるのでグレイも単刀直入に話をする。


「小耳に挟んだんだが、この季節、地方から来た冒険者や旅行客が多いせいでトラブルが増えているんだって?」


 グレイの隣でリズは黙って二人のやりとりを聞いている。


「その通りだ。特に余所からきた冒険者が時々ハメを外してるみたいでな。警備兵で手が回らないときはギルドからランクAの奴らを仲裁に送り出している」


「なるほど…」


 グレイは納得した表情になると、


「俺とリズ も時間があると街の中をブラブラする事にするよ。ランクAの奴らも街の警備より外に出たいだろうし」


「お前らが出てくれたらそりゃ一番いいんだが、本当にいいのか?」


「夕方の限られた時間でよければ私とグレイで特に商業区を中心に散策がてら見回るのは全然大丈夫ですよ」


 リズ がギルマスに言うとギルマスの表情が緩んで、


「悪いな」


「後でばっちりギルドに請求するさ」


「常識の範囲内の金額にしてくれよ」


 そうしてギルマスとの面談を終え、受付に戻ってきた二人。ランクAの魔獣の代金をもらうとギルドを出て夕暮れの街を並んで歩きながら


「これでギルマスに仁義は通した。何かあったら俺たちで対処しよう」

 


 ところがその後グレイとリズがエイラートの街中で仲裁に入ることはなかった。


 二人がギルドを訪れてすぐに、エイラートでは冒険者によるトラブルが急速に減少していったのだ。


 どうやらギルドを発信源としてグレイとリズが市内を巡回警備しているという話が冒険者の間に流れだし、冒険者がおとなしくなったのだという。


 その話を夜、酒場に来ている冒険者から聞いたグレイとリズは笑いながら、


「ギルマスの野郎、一銭も払わずに俺たちを使いやがった」


「ギルマス、頭いいね」


「全くだ! あの狸親父め」

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