第32話 脱税貴族 その2
ノリッジはエイラートから南東に4日ほどの距離にある街で、王国内の主要街道の1つになっているために道路は整備され、魔物も滅多に現れないので商人や旅人が安心して通行でき、今も結構な頻度で反対側からやってくる商人達とすれ違っている。
途中の村で夜を過ごしながら街道を歩いて行った4日後の昼過ぎ、グレイはノリッジの街に着いた。門を潜って市内に入ると、その足でノリッジのギルドに向かう。
一見市内の様子は他の街と変わらない様に見えるが、よく見ると屋台の数も少なく、街に活気がない。
そうしてギルドの扉を開けて中に入っていくと、こじんまりとしたギルドは閑散としていてカウンターで二人の受付嬢が手持ち無沙汰にしていた。
「エイラートからやってきたんだが、ここのギルドマスターのレスターさんに会いたいんだが」
そう言ってエイラートのギルマスのリチャードの手紙を見せると、一人の女性が奥に引っ込み、すぐに戻ってきてグレイをギルドマスター室に案内する。
「このノリッジでギルドマスターをしているレスターだ」
「グレイ、エイラートから来た」
「知ってるぜ。大賢者様のことは」
ギルドマスター室にある応接セットに座ると早速レスターが話をしてくる。
「エイラートはどうなっちまってるんだよ?元ランクS勇者パーティのメンバーが3人、しかも勇者様が辺境領の領主だろ?またぞろ魔王討伐でもやるのかい?」
「たまたまだよ」
「たまたまねぇ、お前さんは賢者の上位クラスになるし奥さんのリズ も僧侶の上位クラス。まぁ、魔王討伐しても日々訓練を欠かさなかったからそうなったんだろうが」
そこでテーブルの上に置かれたジュースをグイッと飲むと、部屋の扉に視線を送り、扉がしっかり閉まっているのを確認すると、
「おたくのギルマスのリチャードの手紙は見た」
そこで一旦言葉を切り、
「お前さん、この街の門から市内を歩いてギルドに入って来た時何か感じたか?」
と逆に質問してくる。
「閑散としてたな。活気がない。入門の際の警備兵のチェックもなかったに等しいし、門に入ってからここに来るまでの通りも同じ様に活気がない様に見えた」
「その通り。ノリッジは今や半分死んでる街なんだよ。それもこれも領主のせいでな」
こう言う時は相手に好きなだけ喋らせる方が情報を取れると言う事を知っているのでグレイは黙っていると、
「ギルドは一応政治的には独立している機関だ。とはいえこの領地は税金が高く、金のある住民は逃げ出して、農民や市民らは自分たちがかろうじて生きていけるくらいの生活レベルを余儀なくされている。となると、ギルドに依頼する奴なんていなくなる。報酬を出すことができる奴がいなくなるからな。冒険者もこの街じゃ稼げないって余所に行く。そんなわけで今じゃこの街のギルドにいる冒険者はほんの十数名、最高でもランクBなんだよ」
黙ってギルマスの話を聞いていたグレイ、
「それほどひどいのか?」
「しかもだ、領主のお抱えの騎士ってのがいてな、こいつらが領主の意を受けてやりたい放題でな。逃げることもできない市民や農民は毎日ビクビクして生きてるってわけだ。騎士っていっても本当の騎士はせいぜい半分。あとはこの中のゴロツキ共を
起用して騎士って名乗らせている。とんでもない奴らさ」
そこまで話しをした後でギルマスのレスターはグレイに、
「エイラートのギルドマスターからはお前さんが行くから便宜を図ってやってくれ
ということしか書いてなかった。元勇者パーティ、ランクSの大賢者がここにきた目的は何なんだい?」
エイラートを出る間に紹介状を書いてもらいにギルマスのリチャードと会った時に聞いた話しでは、今目の前に座っているノリッジのギルマスのレスターはリチャードも以前から知っており、今のノリッジの現状を憂いでいるノリッジでは”まとも”な奴だと言っていた。
グレイは目の前にいるレスターにこの街に来た目的を説明する。
黙って聞いていたギルマス、
「なるほど。ここの領主は”やり過ぎた”って訳だ。当たり前だ、ざまぁみろって感じだよ。で、このギルドで何か手伝うことはあるかい?」
「ある。まずは領主お抱えの騎士が今全員ノリッジに戻っているかどうか調べてもらいたい。地方の村に出かけたりしてないかどうかだ。」
「一網打尽にするってわけか」
頷くグレイ。レスターはしばらく考えてから、
「税の徴収は終わってる。基本この街にいるはずだが、わかった。信用できるこの街の冒険者を使って情報を集めよう」
「頼む。全員いるのが確認できたらあとはこちらでやる。ギルドにお願いしたいのは
領主と騎士をとっ捕まえた後の街の治安維持だな」
「お前さん以外にランクSが2人も査察隊と一緒にくるなら何ら問題ないだろう。
わかった。領主と騎士を捕まえた後は任せてくれ」
そうしてノリッジのギルトと打ち合わせをしてからグレイはエイラートに戻っていった。
「エイラートの査察隊はいつでも出せるよ」
「じゃあ明日にでも出発してくれ。リズとケリーは査察隊の移動の護衛を頼む」
家に来て打ち合わせに参加していたケリーを交えてエニスとオーブを通して打ち合わせをする。
「エニス。用意する馬車は普通の馬車にしてね。目立たないのでお願い」
「わかった」
ケリーのアドバイスを了承するエニス。
「移動は馬車だから3日間くらい?」
リズ がエニスに聞く。
「そうだな。3日目の朝には着くだろう」
その夜はエイラートの自宅で過ごしたグレイ、翌朝再びノリッジに飛ぶとギルドに顔を出しギルマスのレスターと面談する。
「今朝から信用できる冒険者が情報を集めに動き出してる。夕方、遅くとも明日の昼までには情報が取れるだろう」
「わかった。とりあえず俺はそれまでこの街の様子を探ってくる」
そう言うと消音、隠蔽魔法を掛けて市内の様子、地図を頭に叩き込み、それから領主の館に向かう。
姿を消したまま飛行魔法で館の塀を超えて敷地に入ると外からガラス窓越しに各部屋を覗いていき、
(どこも同じ造りだな。この一番奥の部屋でデカイ机に座っているあいつが
ここの領主だろう)
窓の外から領主の執務室を観察する。成金趣味としか言えないギラギラとした
装飾品に囲まれている部屋。執務机の後ろには大きな魔法金庫が2つ見える。
(あそこに裏帳簿がありそうだな。もう1つの金庫は金か宝石か…それにしても趣味の悪い部屋だぜ)
領主の部屋を見てから他の部屋も見ていくと、館の玄関から入ったすぐの大きな部屋が騎士の詰所になっている様で、中に騎士の格好をした男たちが10名程たむろしているのが見える。
(皆大したことない技量だな。強そうな奴でもせいぜいランクCかBの下くらいか)
領主の館を一通り見ると、そのままギルドの近くに戻って姿を晒すとギルドに入っていく。
「ちょうどよかった。さっき情報が集まった」
ギルマスのレスターに合うなり彼が口を開く。目で続きを促すと、
「騎士は全員街中にいる。全部で20名ほど。そのうち半分は領主の館に詰めていて、
残りは南北の門の隣にある詰所にいるそうだ」
「わかった。となると査察隊が門に来たら誰かが館に報告に走るな」
「そうなるな。まぁ、お前さんならそいつを足止めするのは簡単だろう?」
「まぁな」
その後もギルマスと細かい打ち合わせを終えると、レイは移動魔法でノリッジに
近づいている査察団一行と合流した。
その夜、宿屋の部屋で査察団とリズ、ケリーらに現地で見てきた事やギルマスとの
打ち合わせ結果を報告する。
「そういうことだから、俺以外のみんなは打ち合わせ通り、街に入る門で領主の書状を見せて抜き打ちの査察だと言ってくれ。万が一騎士ってのが邪魔してきたらリズと
ケリーで相手を頼む」
「グレイはどうするの?」
「街の手前で俺は別れて先に空から城内に先に入っておく。恐らく門の騎士が領主の館に査察団のことを報告に行くだろうからそいつを足止めしてそれから領主が証拠を隠滅しない様に見張っておく」
リズ の問いに答えると一同が納得する。
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