第30話 幻の生き物 その2

 気配のする方にゆっくりと3人で雪の中を進んでいくと、


「あれは…」


 グレイの視界の先に大きな木の幹に寄りかかっているこれまた大きな白い魔物が見えてきた。


「グレイ、あれって…」


 後ろからリズ が声をかけ、それに続けてケリーが、


「本で見たことあるよ、イエティだ」


「そうだ。雪山に住んでいるといいわれている伝説の動物、イエティだ」


 近づいていくと、木の根元に座り込んで見るからに苦しそうな顔をしている1頭の

イエティの姿が見えてきた。


 怪我をしているのか、3人が近づいても声も上げずうずくまっている様に見える。


「足を怪我してるみたい」


 リズ がイエティの状態を見て言うと、


「何かの事情で山を降りてくる途中で怪我したのか、あるいは怪我をして雪山を滑り落ちてきてしまったのか、いずれにしてもリズ 、怪我の治療を頼む。ケリーはリズ のフォローを。万が一イエティが暴れたら頼む。俺は周囲を警戒する」


 グレイの指示でリズ とケリーはすぐに動きだす。その場から空に浮かび上がったグレイを見て、


「浮遊魔法か…実際見るとすごいわね」


 感心するケリーだが、すぐにリズの後についてイエティに近づいていく。近づくとイエティも3人の気配に気付いたのか顔を上げこちらを見てくるが、その顔は苦しそうで、


「大丈夫? 怪我しているんでしょ?」

 

 リズ が優しく声をかけながら近づいていき、その後ろにケリーが続いて、


「リズ 。後ろで見てるから心配しないで。治療してあげて」


「わかった」


 リズはいきなり近づかずに、まずは少し離れたところからイエティの全身に回復魔法と治癒魔法をかけていく。光がイエティを包んでイエティの表情が少し落ち着いたのを見ると、さらに近づいていき、足を見て


「足が折れてるわ」


 そう言うとイエティをじっと見て


「足を伸ばして、治してあげる。大丈夫だから信用して」


 そう言って自分の足を伸ばす仕草をすると、それを見たイエティがしばらくの躊躇の後、痛む足をゆっくりとリズ の方に伸ばす。


 ケリーはリズの背後からイエティの様子をじっと見ていて何かあったら即スリプルの魔法を打てる様に準備をしていた。


「…酷い怪我」


 もっている杖を足の折れた個所に向けると、さっきよりも強力な治癒魔法が折れた個所に集中的に注がれると、見る見るうちにイエティの足が元どおりに戻っていく。


 そうして足の状態が戻ったのを確認すると今度は全身にもう一度回復と治癒魔法を施してイエティの体を回復していった。


「流石に聖僧侶ね。見事だわ」


 リズ の背後からケリーはリズ の魔法を感心しながら見ていた。


「これでよしっと。もう大丈夫よ。立てるはずよ」


 そう言ってリズ が立ち上がると、ゆっくりとイエティも立ち上がり、その場で体を動かす。


 そうしているとグレイが空から戻ってきた。


「ここから北西の方向の先にイエティが数体固まっている。恐らく仲間の様子を見に来たんだろう」


 そして立ち上がっているイエティに北西の方向を指差して、


「この先に仲間が待ってるぞ、気をつけて帰るんだ」


 イエティはグレイが指差す方向に顔を向けると、ゆっくりとその方向に向かって雪の残る森の中を歩き始めていった。


 その後ろ姿を見送る3人。イエティの姿が消えると、ケリーが


「本当にいたんだね」


「北の山脈の麓辺りで暮らしてるのかもしれないな。見た感じ自分たちから人間を襲う様には見えなかった」


「優しい目をしてたわよ」


 リズの言葉に2人も頷き、


「彼らには彼らの世界がある。邪魔する権利は俺たちにはないからな」


 そう言うと続けて、


「せっかく来たんだ。このまま北の村まで除雪してから帰ろう」


 そうして再び街道を火の精霊魔法で除雪して最北の村の入り口まで除雪を終えると、村人に挨拶をしそのまま移動魔法で3人でエイラートの街まで戻って来た。


「すごい魔法ね、これすごく便利じゃない」


「俺を馬車便として使うなよ、ケリー」


「わ、分かってるって」


 そうして3人でギルドに入ると、ギルマスのリチャードに事の次第の報告をする。


「イエティか、伝説の動物かと思ってたが本当にいたんだな」


「怪我したのとは別に6体程確認できた。恐らくもっといるだろう」


 そう言うと、リズ が、


「戦闘的じゃなかったです。むしろ人間に迷惑をかけない様にして生きている様にも見えました」


 3人の説明を聞いたギルマス はうーんと言いながらしばらく考えていて、口を開けると、


「ギルドというか辺境領としてイエティの存在は発表し、一切手出しはならないって

通告した方がいいか?それとも俺たちだけの秘密にしておく方がいいか? グレイ、どう思う?」


 ギルマスのリチャードがグレイの方を見てどうなんだ?という目で見てくる。


「発表すると手出しするなと言っても手出しをする頭の悪い奴はきっといる。これは俺の推測だがイエティは夏の間は北の山脈の雪があるところで生活をし、冬場はその活動範囲を広げているんだと思う。今回は何か事故があってあそこまで降りてきてしまったんだろうが、普段は俺たちが会いたくても会えない場所で生活をしていると思うぜ。だからこのまま俺たちだけの秘密にしておいて刺激しない方が良いと思う」


 グレイの言葉にリズ とケリーが隣で頷き、


「グレイがそう言うなら間違い無いわよ、ギルマス。彼の判断は常に正解だから。それに今回の件は私もグレイの判断で良いと思う」


 ケリーが言うとそうそうとリズ もまた頷いている。


「そうだな。今まで何十年も伝説上の生き物としてきた訳だ。これからもまず人と会う事はないだろう。わかった。この件はここにいる4人だけとする。ああ、グレイ、領主には言ってくれても構わない」


「わかった」


「それにしても怪我をしたイエティに治療するなんて普通じゃ出来ない話だぜ。本当にお前らは規格外だよ」




 ギルドを出るとケリーがグレイとリズ を見て


「せっかくだから3人でスキル上げにいかない?というか私のスキル上げに協力して欲しいんだけど」


 グレイはケリーがそう言うだろうと予想していたので、彼女の申し入れに、


「いいな。今から行こうか。リズ は大丈夫かい?」


「ええ。私も大丈夫」


 そうして城門から外に出ると、移動魔法でいつもグレイとリズがスキル上げをしている森の奥に飛んでいった。


「流石に辺境ね、ランクAがうじゃうじゃいるじゃない」


 目の前の魔獣を精霊魔法で倒したケリー


「だろ?慣れて来たら複数体同時に相手をすればいいぜ」


「そうね」


 ケリーのスキル上げなので基本ダメージソースはケリーが担当し、リズ は強化魔法や回復魔法を使い、グレイはケリーのサポートをしている。


「すぐにスキルアップなんて期待してないから。これからもちょくちょく付き合ってね」


「それは全然問題ないな。俺とリズのスキル上げにもなるし」


 夕方まで森の奥でスキル上げをした3人はエイラートの街に戻ってくると、そのままグレイとリズ の自宅で夕食をとる。


「やっぱり外で体を動かすと気持ちいいわね。ここしばらくは学院の研究室に籠りっぱなしだったから」


「ケリーがここに来たから、来年の魔法学院の受験生は増えるって言う話よ」


 リズ がケリーに飲み物を注ぎながら言うと、


「そうだったら嬉しいわね。優秀な生徒が沢山くれば地方の魔法学院の質もあがるし」


「俺たちはほとんど毎日スキル上げであの森に行っている。ケリーが行けるときはいつでも連絡してくれよ」


「ありがとう」


 その後もケリーは週に2、3度はグレイとリズに同行して森の奥でスキル上げを行なった。


 エイラートの魔法学院に元勇者で王都の学院の教師をしていたケリーが赴任してきたことは相当のインパクトがあった様で、今年の入学生はともかく、来年の受験申込みが過去最高に跳ね上がっているという話を酒場に来ていた客から聞いたグレイと

リズ 。


「じゃあ今年の新入生はラッキーだったわね」


「それにしてもケリーの影響力、半端ないな」

 

 グレイとリズ の言葉に、その話をした客の冒険者は、


「そりゃ元勇者ですよ?ランクSの教師から直接指導を受けられるとなれば精霊士を志す者なら皆ここの学院を受験しますって」


「ケリーなら精霊魔法もうまく理論立てて説明してくれるでしょうね。あの子人に教えるのが上手いから」


「そうだな。そうして精霊士の質が上がるといいな」


 グレイとリズ は最近は傭兵の仕事もなく自分たちのペースでエイラートでのスローライフを楽しんでいる。


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