第28話 精霊士ケリー

 冬の間、リズ は昼間は2日に1度は教会に出向いて神官や信者と一緒に雪かきをしたり、教会の中を掃除したりして過ごし、グレイは地下室から買い置きの食糧を取り出したり、庭に積んである薪を部屋に運んだりして時を過ごしていた。


 元々のんびりするつもり、スローライフをするためにここエイラートにやってきたグレイ。実際はにはリズ が押しかけてきたりスキルが上がったり、人攫いを捕まえたりとここに来る前に予想していた自分の生活とはかけ離れている気がしないでもないが、今の生活も悪く無いと思っている。



 短いが厳しい冬が終わりを告げ、街の中から雪がなくなり、太陽が顔を出す日が多くなってくると、エイラートの人は待ち兼ねた様に街に繰り出す。


「やっとだね」

 

「ああ。皆待ちわびていたみたいで人が多いよな」


 グレイとリズ は店を再開したマーケットにきていた。


 グレイもリズ もこのエイラートではすっかり有名になっていて、街にくりだすと

すれ違う人や二人を見つけた人から


「グレイとリズ だ」


「大賢者様と聖僧侶様、お似合いのカップルね」


 などと囁かれ、屋台を覗くと、


「大賢者にサービスだ、持ってけ」 


とか


「聖僧侶さん、これ食べて」 などと


 あちこちから声がかかってその度においしい屋台の食べものを勧められる。


「嬉しいけど、こんなに食べたら太っちゃうよ」


 リズ はそう言うが、その顔は満更でもなさそうだ。


 そうして二人は再びいつものルーティンを復活させ庭の鍛錬を終えると森の奥に飛んでランクAの魔物を退治しながらスキル上げを始めた。


「うん。腕は鈍ってないな」


「そうね、相変わらずいい感じ」


 自分たちのスキルに満足してエイラートの街に帰り、魔石交換でギルドに顔を出すと、ギルドのカウンターにいた受付嬢が


「お二人にお客様が来られてます」


 そう言って酒場の方に顔を向ける、その動きに合わせて二人も酒場を見ると


「「ケリー!」」


 酒場のテーブルに精霊士のケリーが一人で座っていた。


 勇者パーティの時は常に精霊士の服装だったが今日は魔法学院の教師が着るローブを着ている。愛嬌のある顔に丸いメガネ。美人というよりは可愛い系の女性だ。


 この外見からはとても勇者パーティの一員として魔王軍相手に派手に精霊魔法を

撃ちまくっていた姿は像できない。


 グレイとリズ と目が合うと、テーブルに座ったまま手を振っている。そのテーブルに近づいて座るやいなや、


「どうしたの?」


 リズ が聞くと、


「どうしたのって、遊びにきた訳じゃないのよ」


「ケリー、お前王都の魔法学院の教師だろ?」


「ああ、それね」


 それだけ言うと、目の前にあるジュースを飲んで、


「王都の魔法学院の教師から、ここエイラートの魔法学院の教師に勤務先を変更して貰ったのよ。なのでここに転勤してきたの」


「「ええっ!?」」


 魔法学院は王国内では王都以外にここエイラートともう1箇所大陸の東にある王国最大の港町であるティベリアと全部で3箇所ある。


 ちなみに剣術学院もそれぞれ同じ場所に存在している。


 とは言えその3つの中で最も格が上なのが王都にある魔法学院、剣術学院であることは間違いない。


「そりゃここにも一応魔法学院はあるけどさ」


 そこまでグレイが言うと、我が意を得たりとばかりにケリーが続ける。


「そう!その印象なのよ、グレイ。皆んなここにも魔法学院があるのは知ってるけど王都と比べたら正直イマイチでしょ?それはここ以外のティベリアも同じなんだけどね。そのことが最近王都の魔法学院や国の魔術士協会ででも問題になっててね、地方にあるエイラートとティベリアの2つの学院の格というか質をあげる必要があるって事になって、それでその2箇所に赴任して生徒の質を上げる為の教師を王都の魔法学院で募集したのよ。それで私は手をあげたって訳」


 一気にしゃべりまくるケリー。これも変わってないなとグレイは思って聞いている。


「そうなんだ」


 ケリーの話を聞いてリズ が相槌を入れると、


「ここにはグレイとリズ 、それからエニスも領主としているじゃない。私だけ王都にいたってつまらないしね」


「いや、つまるとかつまらないって話じゃ無い気がするが」


 グレイがボソボソと呟くのを無視してケニーは


「それにこのエイラートは王国内でも最もランクの高い魔物がいるエリアよ。私のスキル上げにも最適の場所だわ」


 やっぱりそっちかと口には出さずにグレイは思った。リズ が新しいスキルを会得した時点でケリーもなにか思うところがあるだろうとは思ってたけど、まさかエイラートにやってくるとは流石のグレイでも想像外の出来事であった。


 とは言うものの冷静に考えればエイラートに元勇者、ランクSのケリーが来て魔法学院の教師をやればここの学院の生徒のレベルは間違いなく上がるだろうし、それはひいては街の発展にもなる。


「まぁ、そういうことなら宜しく頼むわ」


「こちらこそお願いね。リズ もね」


「もちろん。それでケリー、家はどうするの?」


 リズ がケリーに聞く


「ここの魔法学院で家を用意してくれてるの。本当はもう少し早く来る予定だったんだけど、雪が降って道が悪かったからネタニアの街でエイラートの雪解けを待ってたのよ。昨日ようやくエイラートについて家に荷物を運び入れたところよ」


「そうなんだ。ところでケリーがエイラートに来ることをエニスは知ってるの?」


「一応王都を出る前に手紙は出した。返事はないけど彼のことだからその内に

ふらっと学院に来るかもね」


「そうね」


 ギルドの酒場で話をしている3人を外から戻ってきた冒険者達が周囲で耳を澄ましてその話を聞いている。


「やっぱりだ。彼女は元勇者パーティ、ランクSの精霊士のケリーだよ」


「勇者パーティの3人がエイラートにいるってすごくない?」


「ここの学院の教師をやるのか。来年は受験者が相当増えそうだな」


「元勇者パーティの3人が座ってる近くに俺たちが座ってていいのかよ」


「出てるオーラが3人とも半端ないな」


 などグレイら3人を尊敬、畏怖の眼差しで見ている。そんな視線を受けながら

テーブルで話をし、


「とりあえずここに住むならケリーもここのギルマスに紹介しとくよ」


 グレイがそう言って3人立ち上がり、受付で話をするとすぐにギルマスの執務室に案内される。


「勇者パーティの3人、いや、領主も入れたら4人か。皆エイラートに集まってきて、

一体どうなってるんだよ?」


 ギルマスの執務室にある会議用のテーブルに座ると呆れた口調でグレイに聞いてくるリチャード。


「どうもなってない。たまたまだよ」


「たまたまねぇ。まあ俺にとってはランクSが4人もいるってのは大いに助かるけどな」


 そう言ってグレイを見る。


 ギルマスのリチャードは勇者4人がこの街に集まってきた本当の理由はグレイの人格だろうと思っていたが口には出さず、


「ところでグレイ、ケリーにも傭兵をさせるんだろう?」


「グレイ、傭兵って何?」


 ギルマスの言葉の意味がわからず、グレイに聞いてきたケリーに傭兵の立ち位置を説明すると、


「なるほど、いいやり方ね。必要な時だけなら学院の仕事メインでいけるし。それに報酬も出るのなら私は全く問題ないわ」


「決まりだな。傭兵の窓口は引き続きお前さんだぞ」


「ああ、流れ的にそれは仕方がないな」




「皆このエイラートに集まって来たわね」


 自宅に戻るとリズ がグレイにジュースを渡して言う。


「本当だよな。でも仲間が近くにいるってのは個人的には何かあった時に頼れるから

ありがたいよ」


 そう言ってジュースを飲むグレイを見ながらリズ は皆が集まって来ている本当の理由は目の前にいるグレイだとわかっていた。


 自分もそうだったからだ。パーティのメンバーでは勇者のエニスが一番人当たりも良く、もちろん性格も真っ直ぐで悪くないし、パーティメンバーはもちろん、それ以外の人からも好かれていたが、あのパーティを実質的に仕切っていたのは間違いなく目の前にいるグレイだった。


 グレイはどんな時でも冷静に状況を判断し、最適な方法を見つけ、そしてそれに向かって邁進する。そこに一切の迷いはない。


 他のメンバーもグレイに任せれば間違いのない作戦を考えるだろうと信頼しきっていた。


 パーティが解散しても、グレイが近くにいると安心するというのはリズ を始め他のメンバーが皆思っている。


(そう、グレイが頼るんじゃなくて、グレイが周囲から頼られているのよ)


 ソファでくつろいでいるグレイに寄りかかりながらリズ は改めて隣にいる

グレイを見直していた。

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