第16話 人攫い その5
「では、神の前でそれを証明してもらいましょう」
ロザリオの言葉にバンスと領主が同時にどういう事だ?という表情で聞き返すと、
「文字通りの意味です。今回の件は国王陛下も非常に気にされておられ、事の真偽がはっきりしない場合にはメディナ教皇国にある『真実の鐘』を使っても良いと言われており、ここにおられるリズ 殿を通してメディナ教皇国の教王の了解も事前に取り付けてあります」
「真実の鐘…まさか…」
この言葉を聞いて流石のバンスの顔も今までの余裕のある表情から一転して落ち着きがなくなる。
真実の鐘…普段はメディナ教皇国の教王と呼ばれている国王が管理している。滅多に使用されないが、その鐘の前で話したことが嘘か真実か、鐘の音で100%判別すると言われている。
その鐘は教皇国の上位の神官達が2週間に渡り祈りを捧げて始めて使用が可能になるものであり、また、1度の使用については普通の貴族の資産では払いきれない程の高額であることから滅多に使用されることはない。
最低でもここ10年は使用されていなかったはずだ。
その鐘を国王が膨大な金を支払ってでも使って真偽をはっきりさせろというのは裏を返せば国王がこの一件を非常に重視していることであり、万が一嘘をついていた場合には当人のみならず一族全員が重罪あるいは死罪になることを意味する。
「ち、ちょっと待ってください。本当に国王様が真実の鐘を使っても良いと仰ったというのでしょうか?」
領主のヒューロンが真っ青な顔をしてテーブルに身を乗り出して聞いてくる。
「ヒューロン殿は我々王家騎士団が嘘をついていると言われるのか?」
ヒューロンの言葉を騎士のロザリオが冷たく言い返す。
「い、いえ。そんなことは…大変失礼しました」
俯く領主の横で次男のバンスは顔を下に向け身体をワナワナと震わせている。
「どうされました?バンス殿。無実であれば問題ないはず。今からでもメディナ教皇国に向かい、鐘の前でそれを証明すれば良い」
畳み掛ける様に圧をかけるロザリオ。
その迫力に屈したのか、しばらく下を向いていたバンスは顔を上げると、
「わ、私がやりました。私の指示です…」
と呟いた。
その言葉を聞いて父親のヒューロンが声を大にして
「馬鹿者が、お前は何ということをしてくれたんだ。国王の騎士団の前で私に恥をかかせやがって。あぁ、これで私ももう終わりだ」
その場で息子を怒鳴り始めたヒューロンにロザリオが
「これから先は我々が尋問します。ヒューロン殿におかれてはこの屋敷にて王都からの報告をお待ち願いたい」
項を垂れたバンスを囲む様に騎士とグレイ、リズ の4人は屋敷を出て馬車に乗り込んだ。領主のヒューロンは執務室のテーブルで頭を垂れたまま結局見送りにも来なかった。
馬車はそのまま辺境警備隊の事務所に横付けし、騎士とバンスが降りて建物の中に入っていった。
グレイとリズ も馬車から降りると彼らはギルドに向かって通りを歩いていく。
「それにしても何でバカなことをしちゃったんだろうね」
「その理由もおいおい分かってくるだろう。いずれにしてもあの貴族はこれで終わりだ。一人の馬鹿者のせいで今まで築いてきたものがあっという間になくなってしまう。貴族というのも因果な商売だな」
二人はギルドに着くとギルマスのリチャードの部屋で領主の屋敷での出来事を説明する。
聞き終えたリチャードは、
「おそらく金に目が眩んだのだろう」
そう言ってからリズの方を向いて、
「助け出した子供達は皆健康だった。一応孤児院に戻ってもらって、この街の医師団で詳しく診察をしてもらっているが問題ないだろうということだ」
「よかった」
「それにしても本当にお前らがエイラートにいてくれてよかったよ。俺たちだけじゃ解決できなかったぜ」
ギルマスのリチャードが心底疲れた表情でソファの上でぐったりしている。
「運がよかった。ここの国王や教皇国の教王らと良い関係を築いていてよかったよ」
グレイとリズ は後を王国騎士団と警備兵に任せ、自分たちの仕事は終わったと二人で自宅に戻ると扉に貼っていた休業の紙を剥がし、酒場の準備をする。彼ら傭兵の仕事はここまでだ。
その後ギルマスから聞いた話しでは、領主の次男のバンスは以前から黒社会と付き合いがあり、黒社会つながりで西の山を拠点にしている盗賊が偶然ミスリル鉱山を発見したという話を聞きつけてそれを独り占めしようとして鉱山開発のための奴隷として身寄りのない子供達を攫っていたらしい。
王都からは騎士団を中心とする調査隊が王国の西にあるミスリルが発見された鉱山に出向き、確かにミスリル鉱脈を発見。その現場で基礎工事をしていた連中をまとめて逮捕して、今後は国営の鉱山として開発すべく調査が開始されたらしい。
そして辺境領の領主一族だが、首謀者の次男のバンスは死刑。領主はじめ他の一族郎党は死刑こそ免れたものの貴族の中の最下層のランクに落とされ、領地は没収、資産のほとんども没収され、王都の片隅にある屋敷にて事実上の軟禁となった。
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