立派な……でした

「おじゃましまー……ゔっ!?」


 姉ちゃんたちの家に入った途端、大気が震えるほどの圧を感じた。

 少年誌のバトル漫画で言うならば、ラスボス戦でありがちなプレッシャーだけで主人公たちが膝をつくあのやつだ。

 出処は、おそらく裕也さんだろう。


「姉ちゃん、裕也さんどしたの?」


「裕くんがっていうか、私がいろいろあってね」


 姉ちゃんの話によると、大学病院のパパママ教室にて他のお母さんたちと説明を聞いているとき、5歳くらいの男の子が「つまらない!つまらない!」と騒ぎながら近くにあった積み木を人に向かって投げ散らかしたそうだ。


 積み木は姉ちゃんの隣のお母さんの頭と、姉ちゃんの鞄に当たったらしいのだが……なんとその男の子の母親は、他のお母さんたちに謝るでもなく男の子を放置し、最終的には係員さんに親子ともども退場させられることになったのだとか。


 しかも、ただ大人しく退場したならまだしも、母親は男の子の首根っこを引きずり、怒鳴り散らしながらその場を後にしたのだという。


「そんなことがあったのか……いろいろ言いたいことはあるけど……姉ちゃんがケガしなくてよかったよ」


 そりゃ裕也さんもこうなるよ。

 姉ちゃんがケガをしていたかもしれないし、男の子は一概に育て方のせいとは決めつけられないけれど、母親は謝らないし。


「あのときのお母さん……『せっかく静かで育てやすい子に育つように静久って名前をつけてやったのに、恥かかせやがって!』って怒鳴ってたよ……」


「静久、か。普通の名前に思えるけど、完全な親のエゴでつけられたんだよな……」


 さすがに今回のことは、オレのBL脳も妄想を拒否した。

 クズ親系のBLは、幅広いシチュエーションを分け隔てなく愛する百戦錬磨のオレでも萌えないのだ。


「……燃やしたいですねぇ……塵も残さず」


「裕也さん、子どもできてから魔王になりがちだなぁ」


 裕也さんが魔王ということは、その息子の雪也は……魔王子?いや、語呂が悪い。

 リトル魔王様だな。こっちのほうが可愛い。


 気を取り直して、萌えを補給するために姉ちゃんのお腹の音でも聞かせてもらう。

 妊娠5ヶ月を過ぎた頃から、胎動を感じられるようになったのだそうだ。


「雪也、お兄ちゃんだぞー」


 姉ちゃんのお腹に話しかけてから、耳をくっつけてみる。

 音は……聞こえない。


「動いてないなー」


「どれ、私が気を送ってあげよう」


 裕也さんが姉ちゃんのお腹に手を当てて、気を送る。

 気ってどうやって送るの?

 そう思っていると、姉ちゃんのお腹の中から小さな衝撃が。


「うぉお!?」


 雪也が、雪也が姉ちゃんのお腹の中、蹴った!


「男の子だからかな、すごく元気に動くよ」


「あれ?まだ検査では性別わからないんじゃなかった?」


「いや、実はね……」


 病院でのエコー検査にて、お医者さんが雪也の下半身を見て、ついうっかり性別を明らかにしてしまったらしい。


「お医者さんいわく、立派なお●んちん様です、とのことだよ」


「立派な……お●んちん……」


 今から立派なお●んちんということは。

 大人になったらさらに立派なチ●コへと変貌を遂げるということである。


「立派な……」


 大人になった雪也のチ●コ。


 どれほどの大きさなのかを想像してみたら……謎の光でよく見えなかったが、大人になった雪也のチ●コは太く、長く、硬く、完璧な形をしていた、ように見えた。

 あれが将来、オレの中に入るのである。

 考えただけで身体が疼く。


「白雪さん、蓮さんの瞳孔の中にハートが……」


「これって、よくBL漫画の受けがなるやつじゃないか」


「おや。蓮さんは総攻めではなかったのですか?」


「そのはずなんだけどねぇ。雪也のお●んちんの話でこうなったってことは……そういうことだね」


「……雪也のモノに貫かれたいと」


 あの夢では、一応雪也に抱かれたけれど。

 漠然とした想像上の気持ちよさはあったものの、実際に経験したことのない出来事の夢だったせいでリアルな感覚までは味わえなかった。


 でも、大人になった雪也のチ●コのサイズを少しだけでも想像できた今。

 また、雪也に抱かれる夢を見たら、おそらく……。


「はぁぁ……雪也……好き……」


「困りましたね。いずれ雪也を好きになることはあるかもしれないと思っていましたが……まだ産まれる前ですよ?気が早すぎやしませんか」


「気が早いのは確かだね。蓮ちゃん、私のお腹の中の写真見て萌え泣きしたんだよ」


「姉ちゃん……もっかいお腹の音、聞かせて」


「……重症ですね」


 もう、姉ちゃんのお腹から離れたくない。

 ずっと雪也が動く音を聞いていたい。


「雪也……もう離れないからな」


「蓮ちゃんが病んだ……!」


 それからしばらく、オレはずっと姉ちゃんのお腹の音を聞き続けていた。

 さすがの姉ちゃんと裕也さんも、これには苦笑いするしかなかったようだ。

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