こんなことって、ある?
気分転換に遠出して、第一志望である韮崎高校の近くの道を散策していると。
「おい」
背後から声をかけられた。
振り向けば、そこには同い年くらいのガラの悪い男子が、五人。
「あ、あの……なんでしょうか……」
あまりの恐怖に心臓が痛いほど縮み上がる。
本能的に、存在としての負けを悟ってしまった。
「なぁ、金貸してくんね?」
「ちょっとでいいからさぁ」
オレの生殺与奪を握っているのは相手だ。
言うことを聞けば、金を盗られる。
抵抗すれば、殴られてから金を盗られる。
なら、どうすれば。
「あの!お金!もってない!」
「もってない、ねぇ?じゃあ、今すぐここで裸になれよ」
「……え」
「財布。持ってないって証明するために、服ぜんぶ脱いで裸になれ」
こういうシチュエーションで、もしBL漫画ならそのまま犯されるとかもある。
けれど、今はそんなことを考えている場合じゃない!
逃げないと!
「裸は、ちょっと……」
「……めんどくせえ野郎だな。おい、お前ら。こいつ脱がせろ」
「ひっ……!や、やめろ!このっ、何すっ……!」
ああ、これ本当に、強●モノのBLみたいだ。
大勢の男に押し倒されて、服を破かれて、挙げ句の果てには全員から犯される系のあのやつだ。
こういうのは途中で攻めが助けに来る場合と、最後まで助けに来ない場合があって、オレはどっちも好きなんだけど今のシチュエーションは正直笑えない。
だって、オレは……。
「オレは受けじゃ……ないッ!」
「ってえ!こいつ蹴りくれやがったわ、殴っていい?」
「顔はやめとけよ」
BL漫画で百万回聞いたセリフだ。
現実にそんなことを言う奴がいるとは思わなかった、けど。
何か、顔を殴ってはいけない理由でもあるのか……?
不自然だ。
何か、何か凄く嫌な予感がする。
そんな時。
「大丈夫!?」
狙いすましたようなタイミングで、助けが入った。
「あぁ!?なんだてめっ……ぶっ!」
タイミングよく助けに来た謎のイケメン。
オレと同い年くらいのそのイケメンは、恐れることすらなく五人の不良に対峙し、あっさりと不良たちを伸してしまった。
攻めが助けに来るパターンのBL漫画なら、こういうのもアリだと思うよ。
でもここは現実だ。
マッチポンプでもない限り、こうも上手くはいかない。
「……平気?」
「……あ、えと……うん」
「……震えてるね。立てる?ほら、掴まって」
謎のイケメンはオレを抱きかかえるように立ち上がらせ、目が合うと「ふふっ」と柔らかく微笑んだ。
たれ目がちな優しげな目の奥には、あまりにも冷たく深い闇。
ぞわり、と背筋が凍る。
イケメンからはいい匂いがするけれど、それを心地よく思う余裕なんて、ない。
「あの……だれ?」
「誰でもいいじゃん。そんなことより、服、破れてるね。うち来る?服、貸すよ」
「えと、服はいいです。親戚の家、近いし、そこで借りるから……」
本当は、近いのは姉ちゃんたちの家だけど。
こいつに本当のことを教えるのは危険だと、オレの心のどこかが警鐘を鳴らしていた。
こいつは違和感の塊だ。
用心するに越したことはない。
「そっかぁ。じゃあ、キミの名前だけ聞いとくね」
「安西です。安西健」
本名を教えるのも、ダメだ。
神崎蓮から若干もじって、安西健と名乗っておく。
「安西健、か。それじゃ、僕はもう行くよ。また会えるといいね、安西くん」
なんだったんだあいつ。
二度と、会いたくない。
◇
姉ちゃんたちの家に駆け込む。
服がこのままではまずいので、裕也さんの服を借りないと。
「蓮ちゃん何があった!?」
オレの姿を見た姉ちゃんの第一声がそれだ。
詳しい事情を話すと、姉ちゃんは警察に通報してから母さんにも連絡を入れ、裕也さんの服を貸してくれた。
裕也さんの服はオレよりサイズが大きくて、彼シャツにしか見えない。
「まぁとにかく、ひどい目には遭ったけどオレは大丈夫だよ。そういえば、そのテーブルの上のやつ、なに?」
「ああ、これ?お腹の赤ちゃんの写真。見る?」
エコー写真というやつだ。
そこには白黒で、まだ小さいお腹の中の赤ちゃんが、ぼんやりとした輪郭で映っていて……。
「……っ!」
写真からはそれだけの情報しか読み取れないのに、オレは。
この魂の全てを賭けて萌えられる……そんな推しを見つけたときと同じ感覚に襲われ、気付いたら身体が熱くなり、息を荒げて、ぽろぽろと涙を零していた。
「蓮ちゃん……?蓮ちゃんどうしたの!?」
「……わかん、ない……!わかんないけど……!」
涙が止まらない。
なんで、なんで姉ちゃんのお腹の赤ちゃんを見て、こんな気持ちになるんだろう。
こんな気持ち、推しにしか……いや、今までの推しにだってこれほど強い感情を持ったことはなかったのに。
二次元の存在でもなければ、男の子か女の子かすら、今はまだわからないのに。
いや……この子は。
男の子だ。
見た瞬間、そう確信した。
「蓮ちゃん、やっぱり襲われて怖かったんじゃ……」
「そうじゃないんだ……オレは……オレは姉ちゃんのお腹の赤ちゃんに……これ以上ないほどの、身を裂かれるような、全力でぶつけたい愛みたいな萌えみたいな気持ちを……なんなんだ、これは!これって一体どういうこと!?」
「それって……蓮ちゃんが推しによく言ってたアレじゃないかな?」
「まだ産まれてない赤ちゃんが推しになる、なんてこと……ある……?」
この感覚は、それ以外に説明がつかない。
今までずっと枯れ果てていた、心の一番深いところにある大切な大切な何かが急激に蘇っていく。
オレの推しが、姉ちゃんのお腹のほんの小さな赤ちゃんだなんて。
これだけの突き上げるような鮮明で力強い感覚に襲われても、まだ、オレは信じることができなかった。
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