姉のつわりすらもネタにする
スマホで秋アニメのラインナップを確認して、ため息。
「蓮、ため息をつくと推しが逃げるぞ」
「なにそれ辛い」
「ため息をひとつつけば、推しが一人消え。ふたつつけば、二人消え……」
「オレのため息って神隠しか何か?」
だとしたらオレはもう、一生ため息なんかつかない。
「とにかく、蓮はこれから常に妄想スイッチをオンにしておくといいよ。推しがいないなら、他のBL妄想で潤いをキープするしかないんだから」
「……そうだな。そうする」
◇
夕方。
母さんと一緒にローストビーフを買って、姉ちゃんと裕也さんの住んでいるマンションへと足を運んだ。
部屋のベルを鳴らして、姉ちゃんが出てくるのを待つ。
『はい、どちら様でしょうか?』
「オレ。差し入れ持ってきた」
言えば、姉ちゃんがドアを開けてくれる。
……開けてくれたのだが。
「……うっ!」
何が起こったのか。
姉ちゃんは、口を押さえてすぐにトイレに駆け込んでしまった。
「姉ちゃん?」
「うーん。白雪、つわりかしら?」
「つわりって、あれ?食べ物の匂いで気持ち悪くなるっていう」
「うん、それ。ローストビーフ、車に戻してくるわね」
ローストビーフの匂いなんて、オレには全然わからないのに。
もしかして、つわりだと嗅覚が鋭くなるのかな。
ということは、男性妊娠のBLでも……受けの妊夫さんは嗅覚が鋭くなって、攻めの匂いがよくわかるようになっているはずだ。
そんな受けは攻めに抱っこされながら「えへへ、○○くんの匂いだぁ……」みたいに攻めの匂いを嗅いで安心する。
……これは、おいしい。
にしても……姉ちゃんには悪いことをしてしまった。
ローストビーフは帰ったらオレと母さんと父さんで食べよう。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「……あー、あんまり大丈夫じゃない。今、私、肉の匂いダメみたいでさ」
「そっか……ごめん」
「匂いだけじゃなくて、肉の映像とか、肉って言葉自体も苦手になっててね?もう、すごいつわりなんだよ」
「そんなにひどいんだ……」
姉ちゃんと話している最中、裕也さんが仕事から帰ってきた。
ただいまのちゅーとかハグとかするのかな。
そう思って眺めていると。
「……っ!ごめん、離れて……!」
姉ちゃんが、裕也さんを遠ざけた。
喧嘩中という雰囲気でもないのに。
「姉ちゃんどうしたの?」
「私、裕くんの匂いもダメになってるから……」
夫の匂いもダメとは。
このパターンは完全に予想外だった。
これはさすがに、妄想するべきじゃない。
けれど、するべきじゃないからといって妄想しないなんてオレにはできない。
妄想スイッチは、常にオンだ。
攻めの匂いがダメになった受け。
なかなか滾るじゃないか。
攻めに甘えたいけれど、匂いがダメなせいで甘えられない。そしてそれを後ろめたく思ってしまう受け。
そんな受けを、言葉で優しく包み込む攻め。
「つわりがなくなったら、いっぱいぎゅーしようね?」みたいな。
「蓮さん。何をにへにへしているのですか?」
「裕也さんは姉ちゃんのつわりがなくなったらいっぱいぎゅーするといいって思って」
「へぇ」
裕也さんが何もかもを見透かすような目でオレを見る。
あ、これBL妄想してるってバレてら。
「実は裕也さんと姉ちゃんをダシにBL妄想してた。すまん」
「構いませんよ、実害はないですから。ただし、私で妄想する場合は男体化した白雪さんとの固定CP以外は許可しません」
「蓮ちゃんも裕くんも何言ってんの」
姉ちゃんは、まだ吐き気が残っていたようで、そう言ったあとまたすぐにトイレに駆け込んだ。
「姉ちゃん、早くつわりおさまるといいな」
「そうですね。今のままでは心配です……食べ物はほとんど受け付けませんし、水すらもまともに飲めないので……」
「……さすがのオレでも、ここまでひどい状態の姉ちゃんをダシに妄想するのはできないな」
食べ物も、水も受け付けない姉ちゃんをBL妄想のダシにするなんて、いくらなんでも鬼畜すぎる。
オレは、そっと妄想スイッチをオフにした。
姉ちゃんのつわりがおさまったのは、それから二ヶ月後のことだった。
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