懐石料理がエロく見えたらもう末期

 四月中旬。

 姉ちゃんと裕也さんが、約一年の交際の末に結婚することになった。


 そして今日は、両家揃ってのお披露目会の日。


 会場は、武家屋敷のような古民家風の懐石料理店。

 店内からは美しい庭園が見える。


「姉ちゃんも、ついに結婚するのか……」


 姉ちゃんが結婚したら、オレと同じ神崎の姓から裕也さんと同じ有栖川の姓に変わる。

 なんだか、ずっといっしょに育ってきた姉ちゃんが少しだけ遠い人になってしまうような感覚だ。

 寂しいような、恋しいような。

 そんなうまく言葉にできない気持ちが胸の中を渦巻いている。


「姉ちゃんと会えなくなるわけじゃないのに……なんでこんなこと思うんだろ」


 結婚は祝うべきものなのにな。

 こんなふうに、裕也さんに姉ちゃんをとられてしまう、みたいに思うなんて。

 思った以上にオレは姉ちゃんにべったりなのかもしれない。



 お披露目会が始まった。

 最初は、新郎新婦からの挨拶だ。


 姉ちゃんと裕也さんは、生い立ちから出会った経緯、仲睦まじい様子などをゲストのみんなに向かって幸せそうに話した。


 姉ちゃんと裕也さんの出会いは、十代前半の頃。

 ネット上で意気投合したのが始まりだった。


 その頃の姉ちゃんは、裕也さんと結婚する日が来るなんて思いもしなかったらしい。

 けれど裕也さんは違った。

 出会ったばかりの頃から、姉ちゃんとは将来結婚するだろうという予感があったのだという。

 つまりこれは、裕也さんの初恋が叶ったということだ。


 こんなに素敵な話を聞いているというのに、オレの頭の中では、姉ちゃんと出会った頃のショタ裕也さんが受けなのか攻めなのかの脳内会議が始まっていた。


 見た目的には受けでも攻めでもいける。

 性格的には、総攻め。


 オレは脳内でショタ裕也さんの服を脱がせ、どういう反応をするのか確かめてみようと試みた。

 が、ショタ裕也さんは恥じらうでもなく、抵抗するでもなく、オレを絶対零度の眼差しで見つめると、鼻で笑った。


 ……なんか、悔しい。


 新郎新婦からの挨拶が終わると、席には懐石料理が運ばれてきた。

 見たことのない、ちいさな器に入った高そうな料理がいっぱいだ。

 テーブルマナーとかあるのかな。

 前にいる裕也さんのお母さんを見て、テーブルマナーの真似を……ん?


 裕也さんのお母さん、姉ちゃんに瓜二つなんだけど。

 鼻が高くてはっきりした顔立ちの、睫毛の長い美人。そして巨乳。

 もしかして、かの有名な【男性は自分の母親に似た人と結婚したがる】というアレだろうか。


 いや、でも。

 姉ちゃんと裕也さんの出会いはネット上で、その頃はまだお互いの顔すら知らなかったとの話だった。


 となると、裕也さんは偶然自分の母親に瓜二つの姉ちゃんに巡り会ったことになる。


 もし、裕也さんのお母さんが姉ちゃんに似てなかったら、裕也さんは別の女性と結婚した……?


 いや、裕也さんは何があっても姉ちゃんとしかくっつかなかった。これは絶対だ。

 悔しいけれどオレだって、裕也さんは姉ちゃんの運命の人だと確信しているから。


「あ、枝豆のエスプーマうまい」


 現実逃避に、枝豆で妄想でもしてやろう。


 枝豆は、ひとつの鞘に三つぐらいの豆が入っている植物だ。

 ひとつの鞘に三つ。

 つまり、男三粒でルームシェアだ。

 当然、男三粒でルームシェアしているということは、そこに恋が生まれるということだ。


 基本は三角関係。だが、ケンカはしない。

 ただただ仲睦まじく、男三粒でいちゃいちゃしながら過ごしているんだ。


 だが、そこに邪魔者が現れる。

 指だ。

 指は、心の通じ合った三粒のうち、一粒をルームシェアしている鞘から誘拐してしまう。


 誘拐された枝豆を待ち受ける運命は過酷なもので、指によって無理やり裸にされ、口の中に入れられ、舌でいやらしくれろれろ舐められるのだ。


 そんな枝豆を、残りの枝豆二粒は助けに行こうとするも……その枝豆も二粒とも、誘拐された枝豆と同じように指と舌によって……。


「つまり枝豆は受けなんだよな……」


「蓮ちゃんはもう手遅れだ」


 姉ちゃんに呆れられた。

 いけない、こんな祝いの席でBL妄想していては。

 懐石料理、懐石料理。

 お、きゅうりの筒の中に柑橘類のジュレが詰められている。

 どうしよう、めでたい祝いの席だというのに、攻めのためにお尻にローションを仕込んでとろとろにした健気な受けが頭に浮かんでしまっだ。


「蓮さん?どうしました、そんなにきゅうりをじっと見つめて」


「べっ、別に?きゅうりをエロい目でなんか見てないし!?」


「?」


 裕也さんは首を傾げた。

 まあ、これは腐男子じゃないとわからない感覚だからな。

 さあ、食べよう。それから、裕也さんちのご家族といろいろ話そう。

 BLのことなど何もわからない一般市民に擬態せねば。


 頭の中からR18なBL妄想を追い出して、オレはどうにか無難な話題をひねり出しては両家の会話に混ざるのだった。


 斯くして、無事にお披露目会もお開きとなり。

 オレは父さんの運転する車で、母さんといっしょに実家へと帰る。


「蓮。懐石料理、どうだった?」


「……エロかった」


「……!?」


 車内で父さんにされた質問に、無意識にそう答えてしまったオレは……しばらくやってしまった感と羞恥心に悶え転げ、両親に心配された。


 オレが腐男子なことなんて、家族の中で知っているのは姉ちゃんだけなんだよ。


 姉ちゃん。裕也さんと幸せになりやがれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る