嬉しそうに笑う真希から、菜穂は未だ立ち尽くしたままの棗へと視線を動かす。

 さぞかし喜んでいることだろうと思ったのだが、予想に反して棗は、拍子抜けしたような顔をしていた。

「えっと……それだけ?」

 棗の問いに、真希はこてっと首を傾げる。

「それだけですよ。他に何かあったほうがよかったですか?」

 心底不思議そうに問い返され、棗は力が抜けたようにガックリと肩を落とした。

 でもそれは、落ち込んでいるのではなく、ホッとしているのだ。その証拠に、棗の口元は笑っていた。

「……そっか、それだけか。……俺はてっきり、はっきりと気持ちを伝えられなかったくせに強引なことしたせいで引かれたのかと……。……そっか、テストか……」

 ぶつぶつとした呟きは、真希のもとまでは届かない。でも、隣にいる菜穂には聞こえていた。

 だから、呆れたように笑った。

 そんな二人を交互に見て不思議そうに首を傾げていた真希は、思い出したように「あっ」と声を上げる。

 その声に、菜穂の視線は動き、棗もまた顔を上げた。

「棗さん、私、あれからずっと考えてたんですけど……あっ、もちろん!テスト勉強の合間に考えてたんですけど、でもやっぱり棗さんが言っていたことはよくわからなくて……すみません」

 真希はしゅんとしたように頭を下げると、「でも」と再び顔を上げた。

「棗さんのことは、菜穂さんや学校の友達に負けないくらい、大好きですよ!」

 それを聞いた棗は、もどかしそうにレジカウンターを回り込んで足早に真希のもとに向かうと、ちょっぴり迷った末に、いつものようなハグではなく、そっと頭に手を乗せた。

「ありがとう、真希ちゃん。……今は、それで充分だよ」

 ポンポンっと弾むように頭を撫でる棗に、真希は嬉しそうな笑顔を返す。

 その顔に、やっぱり抱きしめたい衝動が湧き上がってきたけれど、棗はグッと堪えて撫でる手を下ろした。

「久しぶりだし、ゆっくり見て行ってよ。あーあ、真希ちゃんが来てくれるんだったら、もうちょっと気合い入れて作るんだったなー」

 おどけたようにそう言えば、真希はクスっと可笑しそうに笑ってから棚の方に向き直り、並んだパンを一つ一つ丁寧に見始める。

 その姿を愛おしそうに見つめる棗の背中に

「振られたの?」

 明らかに面白がっている様子の菜穂から声がかけられる。

 詳しい事情は知らないながらも、今までの真希とのやり取りで察するところがあったのだろう。

 棗がチラッと後ろに視線を向ければ、カウンターに頬杖をついてニヤニヤと意地悪く笑う菜穂の姿が見えた。

「まさか。これからに決まってるだろ」

 その意地の悪い顔に対抗するように、棗はちょっぴり強気で言い放つ。

 背後でそんな会話がなされていると知らない真希は、香ばしくて甘くて優しい香りに包まれながら、笑顔で双子を振り返った。

「菜穂さん、棗さん、今日のおすすめは何ですか?」

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エトワール まひるの @mahiru-no

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