第54話 禍福

「ねえ、もう少し奥に詰めてよ」

「これ以上は行けませんよ。皐月さん、少し大きくなられたんじゃないですか? 横に」

「ムキー! 何よ! 人が気にしてるのに!」

「もう二人とも! ケンカはやめなよ!」


 喫茶店の一番奥、いつもの指定席で、桜さん、皐月、花崎さんがキャイキャイ騒いでいる。

 うん、可愛い女の子達がわちゃわちゃしてるの、すごく良き。


 まあ、桜さんが飛び抜けてカワイイけど。


「凛太郎、コッチはできたぞー」

「コッチもオッケー。じゃあ持ってくね」

「おう」


 俺は大輔兄からパフェを二つ受け取り、俺の作ったパフェと合わせてトレイに乗せると、桜さん達の席へと運んだ。


「はい、どうぞ」

「ふああ……!」


 うん、相変わらずパフェを見つめて感嘆の声を上げる桜さん、カワユス。


「へえ、これがいつも桜が言ってる……」

「そうそう、これ、美味しいのよねー!」


 花崎さんが興味深そうにパフェを見つめ、既に食べたことのある皐月は、嬉しそうにスプーンを手に取る。


「あら? 桜のパフェ、柚子の香りがしますね?」

「えへへ、これは凛くんがボクだけに作ってくれる、“ボクスペシャル”だよ!」


 桜さんが誇らしげに自慢するけど、なんだか照れる。


「へえ……柚子ですか。確か、柚子の花言葉は、“汚れなき人”でしたっけ?」

「そうなの?」


 桜さんが俺のほうに目配せするけど、柚子を入れるように言ってくれたの、大輔兄なんだけど。


 俺は同じように大輔兄に「そうなの?」と目配せすると、大輔兄はニヤリ、としてサムズアップした。

 どうやら合ってたらしい。


「うふふ、桜にぴったりです。立花さんは桜のこと、よく見てるんですね……」

「あうう……」


 いや、このレシピは大輔兄発案だから、そんなに持ち上げられると居心地が悪い。

 とはいえ、桜さんがあんなにニヨニヨしちゃったんだ。全力でその手柄は横取りさせてもらうけど。


「ねーねー凛太郎。もちろんこのパフェ、凛太郎の奢りだよね? だって、凛太郎が赤点回避できたの、私達のおかげだもんねー」

「いや違うだろ!? 桜さんのおかげだっつーの!」

「桜の手柄は私達の手柄! それに、毎日こんなに見せつけられるんだもん、それくらい奢りなさいよ!」


 コノヤロウ、痛いとこ突きやがる。

 だけど桜さんが可愛すぎるんだから、しょうがないよね。


「ええそうですね。さすがにアレは、私もどうかと思います。もう少し気を遣っていただきたいものですね。なので、奢っていただかないと割に合いません」


 いや、花崎さんはお金持ちのお嬢様ですよね?

 パフェ代くらい自分で払ってよ!?


「え、えへへ……しょうがないなあ……」


 いや桜さん、なんでモジモジしながら了解してるの!?


「はあ……もう、分かったよ……」

「「「やったー!」」」


 ああ……また俺のバイト代が……。

 だけど、桜さんにあんなに嬉しそうにされたらしょうがないよね?


「ま、まあとにかく! 期末テストの赤点が回避できたんだ! これで心置きなく、夏休みを迎えられる!」

「まあ、赤点心配しなきゃいけなかったの、凛太郎だけだけど」

「ぐ……ちょっと頭良いからって……!」


 当然この三人は、期末テストも全員学年五位以内に入っていた。

 皐月が一位、花崎さんが二位、そして、桜さんが四位。


 俺? 俺はちょうど真ん中でしたが何か?


「だけど夏休みかあ……お祭り行って花火見て、海行って……」

「ちょ、ちょっと!」

「あ……」


 しまった!? 花崎さんがいたのに!


「いえ……もう終わったことですし、いちいち気にしていられません。それより、せっかくですから、みなさんも私の別荘にいらっしゃいませんか?」

「奏音、その、いいの?」

「ええ。中原先輩とマスターもご一緒にどうですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、楓先輩が鼻息荒く大輔兄へと詰め寄る。


「大輔さん! ぜひ! ぜひ行きましょう!」

「お、おおお!? お、おう?」

「本当ですか!?」

「お、おう……」


 はは、大輔兄、勢いに負けて、オッケーしてやんの。

 この二人も、上手くいくといいな。


「ふふ、今年の夏は楽しくなりそうです。それに、もうあの男と遭うこともないでしょうし……」

「ああ……」


 俺の幼馴染で親友だった男、如月遼は、あの一件の後、学校を退学した。


 引っ越したって話は聞かないし、アイツの家に明かりもついているから、今も住んではいるんだろう。


 ゆず姉は、一度だけ近所で見かけたことがあったけど、目が合ったのにまるで知らない奴でも見るかのように、無表情ですれ違うだけだった。

 まあ、俺も相手されたらされたで、その時は困るんだけど。


 とにかく、アイツ……遼は逃げることを選択した訳だ。


 皐月も花崎さんも、あのクズ先輩でさえ逃げずに前に進むことを選択したってのに、張本人は逃げ隠れるなんて、何とも笑えない話だな。


 ……花崎さんが桜さんを頼ったように、少しでも俺に……って、今さらそんなこと言っても仕方ない、か。


 そんなことより。


「しかし海か……そうなると、桜さんの水着姿……」


 いかんいかん、俺の想像力が激しくかき立てられる。


 いや、そんないやらしい目で桜さんを見たりなんか……してしまうのが、男の性というかなんというか……ってアレ? 皐月と花崎さんが俺のことをジト目で見てるぞ?


「凛太郎、アンタ……」

「立花さん、心の声があふれ出てますよ……」

「なあっ!?」


 なにいっ!? 俺、声に出してた!?


 おそるおそる桜さんを見ると……あああああ! 桜さんが顔を真っ赤にして俯いてる!?

 ヤ、ヤバイ! スケベ野郎って軽蔑したりしてないだろうか!?


「そ、その、凛くんも、お、男の子だし、そ、そう思ってもしょうがないよね。よ、よし!」


 桜さんは、なぜか胸の前で拳を握って、顔を赤くしたままフンス、と気合を入れていた。


 ああ、幸せだ。


 きっかけはアイツが原因だったし、いい思い出じゃないかもしれないけど、こうやって、いろんな表情を見せる彼女と出逢って、俺の傍にいてくれて……。


 カウンターの横でそんなことを考えながら桜さんを眺めていると、桜さんがトコトコとこちらへと近寄って来た。


「凛くん、すごく幸せそうな顔をしているよ?」

「そりゃそうだよ。だって、世界一大好きな桜さんを眺めてるんだもん」

「ふああ!? も、もう……」


 彼女は口を尖らせ、俺を窘めながらも、嬉しそうに顔を近づける。


 そして。


「凛くん」

「なに?」

「えへへ……だーい好き!」


—————————————————————————————————

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 本編はここで完結となります!

 なお、これとは別に最終話があり、作者の個人的なこだわりで短編扱いでとうこうしております。

 このままハッピーエンドで終わりたい方はここまで。

 どうしても最終話を読みたい方は、別の短編をお読みください!

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